風林火山

先日、人生で初めてのボーナスをもらった。人生初のボーナスであるがゆえ、いざ大金をもらっても、どう使えば良いのか皆目見当がつかないので、ならば久しぶりに風俗遊びでも行きますかと渋谷の街に洒落込んだのだが、全く性的サービスを受けずに風俗嬢と別の遊び(ホテルの部屋でかくれんぼ、野球盤で対戦する等)を楽しんでしまう悪癖が出てしまい、家から持参したエアガンの撃ち方を杏さゆり似の風俗嬢にレクチャーする60分コースと相成った。まだぎこちないが、何とかエアガンを撃てるようになった風俗嬢の姿が映画「レオン」のマチルダの姿に重なり「これが俺にとってのレオンなんだ!」と興奮した。「その銃を俺に向けて欲しい」という私のリクエストに応え、本当に引き金を引くんじゃないかというぐらいの迫力で銃を構えた風俗嬢の美しさに見とれた私の股間は思わず勃起した。60分コースは残り5分である。「ごめん、残り5分でイかせてくれる?」という私の情けないお願いに、構えた銃をスッと下ろし「やってみるね」と微笑む彼女。銃が似合う女は良い女だという私の持論はやはり間違ってはいなかった。結果2分程度で昇天させられたが、早撃ちは銃を扱う者にとっては誉れである。

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風俗からの帰り道でかかりつけの病院に寄った。風俗の後に病院に行くか病院の後に風俗に行くか、これは意外と大事な問題なのではないかと思い、お世話になっている精神科の先生に「実はここに来る前に風俗に行ってきたのですが、診察する側の先生からすると診察前に風俗に行く奴と診察後に風俗に行く奴のどっちが嫌ですか?」と聞いたら「お元気そうで安心しました」と一刀両断された。信頼できる先生だ。その日の診察で「運転手ではない自分には止まった電車を動かすことができないように、自分の力でどうしようもできないことに直面した時に不安を感じやすくなっていますね」という精神分析をされたが、自分の人生すら思うようにコントロールできていない私は現実逃避の為に立ち寄った行きつけのオカマバーのオカマに、上記の診断結果を伝えたところ「簡単に言えば、何でも自分のやりたいようにやりたいドS野郎じゃねえか!」と散々罵倒された挙句「パニックS」というありがたいあだ名を頂戴した。中野のパニックS、ここに在り。



下手に金が有るなら、いらない電化製品でも買おうかとヤマダ電機へ。パソコンコーナーで何となくワイヤレスマウスを物色。マウスといえば、大学時代にプレイした18禁エロゲームを思い出す。そのゲームの売りは女性キャラとのHシーンで挿入時のチンコの動きをマウス操作で自由自在に操ることができるという点だった。マウスを激しく動かすと「激しくしないで・・・」挿入したままマウスを止めると「止まってないで動かしてよ・・・」と女性キャラが言ってくるという革新的システムだった。あーだこーだと様々な動きを試すのは本当に楽しかったが、そのうちコードの長さが制限されていることで自分の理想とするマウス動作ができないことに激しい苛立ちを覚えた私は、当時は非常に高価だったワイヤレスマウスを育英会奨学金を使って購入し、コードレスの広大な動作範囲を生かし、部屋の端から端までマウスを走らせて「オマンコ壊れちゃう!」と女性キャラに何度も言わせたものだ。オマンコ壊れちゃうよね。ワイヤレスだもの。このエロゲームから私が学んだことは、チンコの動かし方は武田信玄の旗印に書かれている「風林火山」の教えの通りにすることが大事だということだった。チンコも戦も、疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如くなのである。当時童貞だった私は、いずれ来る童貞卒業という大一番に向けて「チンコ風林火山」の心構えを持ち続けていたが、遂に相見えた初体験の相手が車椅子の女性だったことで頓挫した。動かざること山の如しというか動けないこと山の如しという女性が相手ではどうにもならなかった。武田信玄もあてにならない。
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結局有効なボーナスの使い方を見つけられなかったので、良いことがあった人へのお祝い金でほとんど浪費してしまった。残ったお金で、最近食事をした後輩が待ち合わせ中に読んでいた乳癌にかかった女性ジャーナリストの手記を買った。闘病記のように見せかけてセックスばかりしているし、日本人は辛気臭い励ましの言葉しかくれないのでダメ、その点外人はユーモアがあって最高だというような日本批判までしているのが無茶苦茶で面白かった。特に、筆者とのセックス時に筆者の胸を愛撫する前に「まず医学的関心を持って触るからね」と言って胸に触れた男は素晴らしかった。今度風俗に行ったらこの言葉は是非使おうと思う。その為に今日も明日も働かないといけないのだ。




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# by tsume_kirio | 2015-06-24 12:52 | 人生の終わり | Comments(4)

坊主の親子

大地震等の突然の事態に備え、すぐに手が届く枕元に懐中電灯等を置いて寝ている人は多いだろう。ご多分に洩れず、私も懐中電灯に常備薬等の非常用グッズを枕元に置いて眠りについているのだが、他の方と違うのは一緒にエアガンも置いてあるということだろう。このエアガンは空き巣に襲われた時の護身用に用意してあるのではない。最近、持病である左半身の痺れが起き抜けに発症していることが多いので、その痺れた体にエアガンを撃ち込む為の物だ。痺れた身体に程よい威力でめり込むBB弾が、一日をスタートさせる「活」を私の身体に与えてくれる。徐々に痺れが取れて来たら、映画「デスペラード」のアントニオ・バンデラスのようなポーズで天井にエアガンを撃ち放つ。私の一日はこうして始まる。たまに就寝時の弾補充を忘れてしまい、弾切れを起こしたエアガンを握り締めながら自分の老いを感じることもある。単純な物忘れで老いを感じるよりも弾の入れ忘れで老いを感じるような人生をこれからも生きていきたい。
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「撃つ」といえば、最近は近所のダーツバーによく通っている。うちの職場を退職された先輩が店長を勤めているので通いやすいからだ。私は満面の笑顔を虫の裏側に似ていると言われたり、鼻の形が蛇口やステルス戦闘機に似ていると言われる容姿をしているのだが、ダーツをするのに容姿は関係なく、ダーツをする権利は全ての人間に許された平等の権利なのでダーツをしている。ブルと呼ばれるダーツの的の赤色の中心部分を狙っていると、学生時代にクラスの女子達にいじめられていた記憶がどうしても頭をよぎる。当時の私は女の子のような色白の肌をしていたのだが、鼻だけは真っ赤だった。顔の配色と位置バランスが日本の国旗に似ているということで「ジャパン」というあだ名でいじめられていた。ダーツの中心部分も赤色だなんて本当に残酷なことだ。過去のいじめを乗り越えながら、私は今夜も赤いブルを狙う。そこら辺の遊びでダーツをやっている奴とは違うのだ。
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余談になるが、ジャパンというあだ名でいじめられていた過去を、音楽家のたむらぱんの深夜ラジオに投稿したら、見事に採用され、賞品としてロッテのガム「フィッツ」をたくさん送ってくれた。そのガムのおかげで当時の食糧難を乗り越えられたので、たむらぱんは私にとって命の恩人である。私は命の恩人は決してオナニーのオカズにはしないと心に決めているので、たまに無性にたむらぱんで抜きたくなる時があるのだが必死で我慢している。
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本当の余談というのはこういう話のことだ。


「老い」といえば、地元で大きなお寺をしている親戚の坊主が交通事故に遭って死にかけたらしい。死に直面した人間は優しい気持ちになれるのか、昔に私のことを狐に憑かれた可愛そうな子供とののしっていたことをひどく悔いていたそうだ。確かに親族一同が顔を揃える法事の席で「近々この子のお払いをしたいと思います」と宣言されるようなひどい仕打ちもされたが、今となってはどうでもいいことだ。こちらとしても、大晦日の夜に除夜の鐘を突いているその坊主を、物陰からエアガンで狙撃するという悪行を重ねていたのでここはひとつお互い様ということにしてもらいたい。
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それに私に謝罪をする暇があるなら、私と同い年の自分の息子の心配をした方が良い。子供の時に一緒にお寺の境内で遊んだ時、大きめのムカデを見つけた彼は「良い物見せてあげるね」と言い、納屋から釘、金槌、包丁を取って来た。ムカデを足で踏みつけて自由を奪った彼は、ムカデの身体を包丁で真っ二つにした。ムカデは非常に生命力が強い生き物なので即死はしない。真っ二つにすると頭部も尾部のどちらも狂ったように動き回るのだ。その様子を私に見せて彼はケラケラと笑っていた。「もっと面白いの見せてあげるよ」と言った彼は、新しいムカデを見つけてきて、頭部に釘を打ち付け地面に磔にした。ムカデを抑えながら身体を包丁で細かく切っていく。尾部から頭部の近くまで切り終わった後「せーの!」で彼が手を離すと、細分化されたムカデの身体達が地面を四方八方に走り回るという地獄絵図だった。あまりの惨状に沈黙している私を見ながら「線香花火みたいで面白いよね」と言っていた男が、大人になった今、徳の高い坊主として仏前でお経を唱えているのだ。これ以上の問題があろうか。私の祖父の法事の時にお経を唱えに来た彼にこのムカデの話をしたら「そんなことはどうでもいい!」と声を荒げてきたので「坊主が人の話をさえぎっていいのか!坊主なんだから人の話は最後まで聞かないと駄目だろ!」と小競り合いをした。うちは全員お払いが必要な家系なのだ。
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# by tsume_kirio | 2015-06-12 18:58 | 人生の終わり | Comments(0)

先日の快晴の土曜日、いつもお世話になっている方に招待され、上野の東京国立博物館にて開催されている鳥獣戯画展へと足を運んだ。国宝である鳥獣戯画に加え、鳥獣戯画が伝来した京都の高山寺に残る美術作品を一挙に集めた展示会とのことだった。元来美術という物に何の興味もない自分にとって展覧会というのは他流試合のような殺伐としたものであるので、それなりの服装をしていかなくては場に食われてしまう。色々思案した結果マサ斎藤のTシャツに袖を通した。マサ斎藤の信条である「Go for broke」(当たって砕けろ)の心持ちで国宝と向き合うことに決めた。
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会場に着くと人、人、人の長蛇の列。入場までに屋外で1時間、入場後に鳥獣戯画の展示室に入る為に館内でさらに3時間程並ばないといけないとのこと。紫外線対策として日傘の無料貸出、中継地点に給水所まであるという万全の態勢を敷いていたので大きな混乱は起きていないようであった。しかし、給水所を作るという機転が利くのなら、どうして水ではなく日本茶を振舞うという粋な計らいができなかったのだろうか。こういう状況だからこそ、キンキンに冷えた日本茶を飲むことで、茶のすばらしさを再確認し、日本人であることの喜びを感じれるのだ。外国の方にも良いアピールとなるだろう。水ではいかんのだ。国立の博物館に勤めているのだからそれぐらいの考えには至るべきである。展示会の準備が終わった後、飾られた鳥獣戯画を見ながら「素敵だね…」と言いながらお互いの手を握り合ってるような社内恋愛カップルしか居ないのだろうか。お前らはまんだらけのバイトか。肉屋は仕事中に肉を食べないのだぞ。お前らは肉屋以下だ。ちゃんとした博物館を運営するのであれば、性欲を一切持たない物達をスタッフにするべきだ。「美」を作る時に性欲は大きな武器だが「美」を運営する時に性欲は邪魔になる。性欲の先に日本の心がある。全員インポにしよう。「当館のスタッフはインポかセックスレスです」という博物館があったら私は毎週通うだろう。そんなことを考えていたら左半身が痺れ出した。最近になって分かったのだが、この痺れは自律神経失調症からの痺れだそうだ。精神的ストレスを感じることで自律神経が乱れ、血管が収縮し血液の流れが悪くなるのだ。私は他人の悪口を言っている時は常に左半身が痺れている。理不尽な悪意を一方的に撒き散らしながら、痺れる身体を引きずって生きていく。私に近づく人はもらい事故に遭うことは覚悟して頂きたい。
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入場した後は順路に従い、掛け軸やら仏像やら絵巻物やらを鑑賞した。芸術が分からない私でも興味深く思える展示物がたくさんあった。特に子犬という木彫の置物は非常に良かった。良かった理由は犬だからだ。それ以外の理由は必要ないだろう。他に印象に残ったのは、国宝の絵巻物に書かれていた竜宮城にありがたい経典を取りに行った男の話。経典が水に濡れないようにする為だけに自分の足のすねを切り裂き、足の中に経典を入れて持ち帰った場面が馬鹿で良かった。是非この話をロバート・ロドリゲス辺りに映画化してもらいたい。足に経典を入れるシーンだけ何度も見るだろう。鳥獣戯画については特に感想は無いのだが、世界的に有名な国宝の前にマサ斎藤のTシャツを着て立てたということは私の人生で大事な節目になった。これぞ「Go for broke」(当たって砕けろ)だ。
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展示物を一通り見終わった後、身体の痺れを休めながら他の客を観察した。博物館デートを楽しんでいるいかにもといった美大系カップルが多く見られた。この展示を見る前にセックスをしてきたのだろうか、それともこの展示会の後にセックスをするのだろうか。「セックスの前に国宝なし、セックスの後にも国宝なし、本当の芸術とは国宝を見ながらするセックスである。そこに至るには何が必要か。それは金でしかない。金という権力を掴んだ者でしか国宝を見ながらのセックスはできない。絵を描くのも良いけどね、まずバイトを頑張りなさい。遠回りもいいもんだよ」と心の中でつぶやいた。仏像を見ながら「ポールスミス…」とつぶやいている男が居た。その感覚を大事にして生きていって欲しい。以上。少し遠めにワンショルダーの服を着ているババアが見えた。国宝展にワンショルダーとはどういうつもりだ。お前はアンドレ・ザ・ジャイアントか。国賊め。腹を切れ、ワンショルダーの白装束で腹を切れ。この展示会に来ている女性はシブガキ隊でいえばモックンのことが好きな奴ばかりだろうか。片岡鶴太郎のことが好きだとかいう女も居るのだろう。そいつらに「ではモックンと鶴太郎とどちらかとセックスできるならどっちがいいか?」と聞いたらば、ほとんどがモックンと答えるだろう。それが鶴太郎の限界なのだ。芸術の限界だ。私は鶴太郎の限界を鳥獣戯画展に見た。鶴太郎はそれでも生きている。なので私も生きる。
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身体の痺れを紛らわす為に鳥獣戯画展の会場を離れ、本館に展示されている日本刀を見に行った。目の前で輝く日本刀を見ながら、自分の中にある武士道について今一度考えた。私だけの武士道。私は年上とカラオケに行った時、年上が歌っている時は絶対にトイレには行かない。目上が歌っている時に席を立つのはいかなる理由があっても失礼なことである。私だけの武士道。たとえばゲイにレイプされそうになった時、甘んじて尻を犯されるのではなく、最高のフェラをすることで相手の精子を尽きさせて自分の尻を守るのが私の武士道。最後まで望みを捨てずに戦うのが武士道。1回レイプされた失敗を生かさずにまたレイプされてしまった女性を笑って受け止めるのが私の武士道。いや、上岡龍太郎が昔やっていた幽霊を見た人を50人集めて激論を戦わせる番組のように、2回レイプされてしまった人を50人集めて「だから2回されちゃうんだよ!」と50回言いたい。いや50回は言いたくない。本当に悪いのはレイプ犯だ。それぐらいは分かっている。ただ目の前の日本刀の輝きだけは本物だ。ニガーよ、日本刀は最高だ。
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鳥獣戯画展に戻ると、鳥獣戯画がプリントされたTシャツを嬉しそうに買っている人が居た。なんとも言えない悲しい気持ちになった。どうしてこいつが生き続けて、桃井望が死なないといけなかったのだ。ニガーよ、桃井望は最高のAV女優だった。徐々に酷くなる左半身の痺れに耐えながら、帰りの電車の中で桃井望が殺された事件の現在の捜査状況を検索する。解決の糸口は見えていない。両目を閉じて桃井望の成仏を祈った後、携帯のメモ帳に「ジャンボ鶴田のTシャツを買う」と打ち込んだ。最近物忘れがひどい。自分の老いを感じ、間寛平の動画を何本か見たがぴくりとも笑えなかった。まだ写真を趣味にしようとも思わない。まだ大丈夫だ。今日思ったことは明日には全部忘れているような毎日だが、明日は阿佐ヶ谷の釣堀に行く。左半身が痺れてる男に釣られてしまう魚を見て笑うのだ。
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# by tsume_kirio | 2015-06-06 23:34 | 人生の終わり | Comments(0)

マフールへの道

うちの親父はもう長くないかもしれない。


親父はTHE BOOMの宮沢和史を特に理由も無く長年忌み嫌っていたのだが、先日の電話中、最近解散したTHE BOOMに関して「終わり良ければ全て良し」という好意的なコメントを寄せていた。二十年以上バンドを続けてきた結果、讃岐の前科者に「終わり良ければ…」と言われる宮沢の気持ちたるやいかばかりか。長年の敵に温情を見せ始めただけでなく、自分の自撮り写真を俺に送りつけてくる奇行も始まった。親父の自撮り写真は、どの写真も昔のファミコンゲームの「カルノフ」にしか見えないので非常に困る。かたやカルノフの息子である俺は、渋谷のヤマダ電機で「最近暴れている外国人窃盗団のモンゴル人ボスに似ている」と職務質問をされたことがある。なんともいえない強い血の繋がりを感じる。
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あとは囲碁を始めることを親父に勧められた。「うちの家系の男は代々囲碁をたしなんでるのに、お前だけしない。囲碁を覚えてくれ。いつか親子で一局打てたら嬉しい」とのこと。非常に気持ち悪い。「俺は彼女が欲しいので囲碁をしている暇など無い」と答えたら「息子にこんなことを言いたくないが、お前はもう彼女はできないと思う。いいから囲碁をしろ」と断言された。俺は囲碁を始めることにした。囲碁の教本を読みながら、飽きが来たら自慰をする毎日だ。受験勉強中にここまで解いたら自慰をしようと、問題集に自慰の目安としての付箋をたくさん貼って頑張っていた日々を思い出す。
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以上のようなことから、親父が人生の終焉期に差し掛かっているのを感じた。じゃあ己はどうなんだということで、自分の人生を振り返ってみると、とにもかくにもクソみたいな思い出しか無いが、人生の絶頂期と呼べる時期は渋谷でグレーな仕事をしていた時だろう。内容を書けない程のグレーな仕事だったので給料はとにかく高かった。アルバイトの分際で手取り45万の月給をもらっていた。給料が高い仕事はとかく精神を病む。心は病んでいるが金は持っているという状況なのでパチンコにはまった。大勝ちした時はそのまま風俗に行くのがお決まりのコース。ひどい時は夜勤上がり→パチンコで大勝ち→風俗→風俗帰りにパチンコで大勝ち→また風俗→同じ娘を指名→ラブホテルから出勤という散々な一日を過ごしたこともあった。


そのうち、単に風俗に行くのもつまらなくなり、手土産を買ってから行くようになった。LUSHで大量にバスボム(入浴剤)を買い漁り、風俗嬢だけを風呂に入らせ、浴槽の中にバスボムを投げ込みながら「どうだ!どうだ!どうだ!」と叫びながら泣いた日もあった。バスボムでいっぱいになった浴槽の中から、歯茎が腫れ上がった風俗嬢が「泣かないで」と言ってくれた。
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ある時は、ジーンズメイトで背中一面に風神柄が入った柄シャツ、同じように雷神柄の入った柄シャツをそれぞれ購入してから風俗へ。プレイが終わって服を着る時に「雷神と風神のシャツを買ったんだけど、どっちが似合う?」と聞いた。「こっち!」と風神を選んでくれる東北弁訛りの風俗嬢。「風神か、ありがとう。良かったら着させてくれる?」とわがままを言う。シャツの袖を通してもらってる時に「俺は風神か」と思いながら心で泣いていた。女に風神か雷神かの2択をさせるなんて人生の絶頂期でしかできないことだろう。
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そんな時に行ったソープランドで、お客への配慮として、退店時に周囲から見ても恥かしくない場所に出られる出口が用意されていた。出口に続く長い昇り階段の下で「ご来店まことにありがとうございました。この先の扉を開けると日常の世界が目の前に広がります。退屈な日常に飽きましたら、またここに足をお運びください」とボーイに送り出された。背中にソープ嬢の甲高い声を受けながら後ろを振り返らずに階段を昇る。重い鉄の扉を開けた目の前はロッテリアだった。そうだ。ロッテリアこそ日常だ。俺の日常だ。風神の柄シャツを着た男はロッテリアのふるポテをシャカシャカ振りながら「このままではいけない…」と泣いた。
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あのロッテリアで人生をやり直そうと決めたんだった。あの時の気持ちを取り戻さなければ。今すぐ宝石屋に転職しなければ。宝石を買いに来たのに、予定を変更して真珠を買おうとするようなわけの分からない客の相手がしたい。宝石の棚卸しをして「ルビーが2個足りません」と店長に報告をしたい。宝石屋で働き出したら宝石屋で働く男のブログを始めて「宝石屋 初日」というタイトルの記事を書きたい。新井薬師にオープンしたガールズバーに行かなければいけない。もっとプロレスを見に行かないといけない。囲碁はもう終わりだ。
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それにしても、くるりの曲は風俗のプレイ中や、風俗帰りに良く合う。ソープランドの長い階段を昇っている時に頭の中で流れる「東京」。中央線沿いのピンサロの早朝サービスで北勝海のような力士顔のババアを引いた帰りに、晴天の青空を見上げながらの「シャツを洗えば」。どれだけ手と口で頑張っても俺を勃起させることができなくて申し訳なさそうにしている風俗嬢の頭を優しく撫でながら「三日月」。風俗から帰宅したら、何も知らない彼女が、俺の為に作ってくれていた豚の生姜焼きを食べている時に頭を流れる「さよならリグレット」。全て最高だ。最高だけど岸田は嫌いだ。岸田に優しくなった時に俺は死ぬのだろう。


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# by tsume_kirio | 2015-02-13 14:25 | 人生の終わり | Comments(6)

金色夜叉

ここ最近の仕事帰りは職場から自宅まで歩いて帰っている。その所要時間は約一時間程度。特に中番終わりの深夜に歩いて帰ると、冬の肌寒さが身に染みて心地良い。歩きながら将来のこと、金のこと、異性のこと、いろいろなことを考える。もっぱら最悪なことばかり考える。前向きなことは何一つ考えない。それが異様に心地良い。歩いていると喉が渇くので、途中にある自動販売機で色々なジュースを買うのが一つの楽しみになる。同じ会社の自動販売機でも場所によって微妙に値段が違う。値段の違いが起きている原因を地理的な問題や設置しているお店の業種的な問題から分析するととても楽しい。嘘だ。楽しいわけないだろう。そんなことで楽しんでる人は一生インターネットでそういう分析をなさっておけばいいじゃないですか。


飲み物を二つ買い、コートの右ポケットに冷たい飲み物、左ポケットに温かい飲み物を入れて、飲み物を握り締めて帰る。徐々に右手が氷のように冷たく、左手が炎のように熱くなる。ダイの大冒険のフレイザードになった気分になり顔がニヤけてくる。深夜の道をニヤニヤして歩いているとよく職務質問をされる。中野の警察はちゃんと仕事をしているので安心だ。職質をされている時、氷の右手で警官の手を握り「僕は氷を操れる能力者なんです」と言った後に、灼熱の左手で「実は…炎も操れます」と控えめに手を握る。「実は…」じゃない。無事に家に着いてからは、灼熱の左手と氷の右手を交互に使って自慰をする。右手の冷たさがチンコに伝わる度に、雪女とセックスをしたくて冷蔵庫でキンキンに冷やしたオナホールを作ったり、積もった雪を固めて雪のオナホールを作っていた過去を思い出して泣けてくる。嘘だ。俺はよほどのことがなければ泣かない。泣く時はほとんどベローチェで泣いているが。
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そんな怠惰な日々を過ごしていたからか分からないが、職場に面倒な客が来た。ヤンキーの彼氏にメンヘラ風の金髪女のカップル。女が携帯電話を無くしてしまったので探してくれとのこと。男の頼み方が全部タメ口で、俺がカウンター業務で他のお客様に対応している横から「早く監視カメラとか巻き戻せよ!ハゲ!使えねえな!」とか言ってくる始末。現場をくまなく探した後に、カメラを巻き戻してチェックしても怪しい所は何もない。「もう一度お荷物の中を確認してくれませんか?」と言ったら「俺たちを疑ってんのかよ!殺すぞ!もっとちゃんと探せ!」と言われた。仕方なく床に這いつくばってゲーム機の下をもう一度探す。



しかし、このヤンキー男は繁華街によく居るタイプだから我慢できるとしても、自分の不注意で携帯を無くしておきながら、ただオロオロしてるだけで、激昂する男を諌めることすらしないこの女は何なんだろうか。紅夜叉みたいな顔しやがって。恥をしれ、夜叉。最近は病院に通院しているので医者との関わりが多い。俺の周りには医者とか夜叉とか「しゃ」の付く奴しか集まらない。医者、医者、医者、夜叉。医者、夜叉、医者、夜叉。医者、医者、夜叉、夜叉、医者の毎日であるよ。こういう夜叉のような女に限って、音楽を聴く時に「歌詞がすごく良いの!」とか言いそうだ。俺は音楽を聴く時に歌詞なんてどうでもいいんだよ。でもあいつは良かったな。スガシカオ。彼の「夜明け前」の「今、夜のヤミにむけ うちはなつ ぼくらの銃声は みえないそのカベを 一瞬で 突き破ろうとして 街にただ ひびいただけ」という歌詞はすばらしかったな。親父に焼却炉の中に閉じ込められて、暗闇の中でこれが人生最後のオナニーと決めてここうとしたら、どんなに考えても堀ちえみのことしか浮かんでこなくて、人生最後のオナニーを特に好きでもない堀ちえみで抜くしかなかった俺の空しさを見事に表した歌詞であると評価する。「ヒットチャートをかけぬけろ」の歌詞はどうかしてるけどな。
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そんなことを思いつつ、床を這いつくばりながら女の方をちらりと見たら、ワニ叩きゲームのハンマーをいじっていた。なんだそりゃ。そのハンマーはお前の剣か。剣といえば、お前のような奴が意外と幕末好きで新撰組大好きって感じの女だったりするんだろうな。偏見が思いっきり入るが、そういう女のほとんどは、幕末の志士や新撰組でマンズリしたいだけだろうが。お前の好きな沖田や土方のようには目立たない志士も居たんだよ。今の俺みたいに床を這いつくばってたんだよ。それを分かった上で沖田と土方でマンズリをしろ。そういえば板橋にある新選組の慰霊碑か何かにフラリと寄った時に記帳ノートが置いてあって、訪問者が思い思いの気持ち悪い言葉を書いていたんだが、そのノートの隅に二人の棒人間が刀の斬り合いをしているパラパラ漫画を描いてる奴が居た。どういうつもりだ。せめてどっちが新撰組なのかだけでも書け。少しモヤモヤしたぞ。私はあのパラパラ漫画に遺憾の意を表明します。
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ふと太鼓叩きゲームの奥の方に大きめの物体が見えた。形からいって携帯では無かったが一応懐中電灯で奥を照らす。そこに浮かび上がったのはきれいな桃だった。こんな所に桃?洒落た小型爆弾かもしれないが、自分は爆死にちょっとした憧れがあるのでかまわず桃を手繰り寄せた。中を確認したところ、桃の入れ物に入ったミツバチ毒のハンドクリームだった。桃の中にミツバチの毒が入っているなんて本当に洒落ているじゃないか。桃といえば天皇陛下のほっぺたも桃のようなほっぺただ。ここにもし陛下が居たなら「陛下、こんな所に桃がありました」と報告したい。きっと陛下は「これは本当に良い桃ですね。本当に良いですね」と二回言ってくれるだろう。そして俺は「失礼を承知で言いますが、まるで陛下のほっぺたのような桃です」と言いたい。割と本気で言いたいぞ。そんな妄想をしていたら「何かあったのかよ!」と怒りが頂点に達している男に声をかけられた。俺も三十五年間生きてきたので、すごく怒っている人に桃を見せちゃいけないことぐらいは分かっていたのだが、こういうことは言いたくて仕方ない性分なもので「すいません、携帯じゃなくて…桃ならありましたよ」と桃を見せつけた。一瞬の沈黙の後に「ちゃんと探してくださいよ」と男は言った。桃にはタメ口を敬語にする力があるらしい。「では桃は元の場所に戻しておきますね」と桃を太鼓叩きゲームの下にそっと戻した。なぜ元の場所に戻したのかは分からない。
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音楽家や作家でも何でもいいけど、他人に憧れて生きるだけの人生よりも桃の素晴らしさに憧れて生きる人生の方が楽しいんじゃないかと思う。


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# by tsume_kirio | 2015-01-21 15:48 | 人生の終わり | Comments(5)