風林火山

先日、人生で初めてのボーナスをもらった。人生初のボーナスであるがゆえ、いざ大金をもらっても、どう使えば良いのか皆目見当がつかないので、ならば久しぶりに風俗遊びでも行きますかと渋谷の街に洒落込んだのだが、全く性的サービスを受けずに風俗嬢と別の遊び(ホテルの部屋でかくれんぼ、野球盤で対戦する等)を楽しんでしまう悪癖が出てしまい、家から持参したエアガンの撃ち方を杏さゆり似の風俗嬢にレクチャーする60分コースと相成った。まだぎこちないが、何とかエアガンを撃てるようになった風俗嬢の姿が映画「レオン」のマチルダの姿に重なり「これが俺にとってのレオンなんだ!」と興奮した。「その銃を俺に向けて欲しい」という私のリクエストに応え、本当に引き金を引くんじゃないかというぐらいの迫力で銃を構えた風俗嬢の美しさに見とれた私の股間は思わず勃起した。60分コースは残り5分である。「ごめん、残り5分でイかせてくれる?」という私の情けないお願いに、構えた銃をスッと下ろし「やってみるね」と微笑む彼女。銃が似合う女は良い女だという私の持論はやはり間違ってはいなかった。結果2分程度で昇天させられたが、早撃ちは銃を扱う者にとっては誉れである。

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風俗からの帰り道でかかりつけの病院に寄った。風俗の後に病院に行くか病院の後に風俗に行くか、これは意外と大事な問題なのではないかと思い、お世話になっている精神科の先生に「実はここに来る前に風俗に行ってきたのですが、診察する側の先生からすると診察前に風俗に行く奴と診察後に風俗に行く奴のどっちが嫌ですか?」と聞いたら「お元気そうで安心しました」と一刀両断された。信頼できる先生だ。その日の診察で「運転手ではない自分には止まった電車を動かすことができないように、自分の力でどうしようもできないことに直面した時に不安を感じやすくなっていますね」という精神分析をされたが、自分の人生すら思うようにコントロールできていない私は現実逃避の為に立ち寄った行きつけのオカマバーのオカマに、上記の診断結果を伝えたところ「簡単に言えば、何でも自分のやりたいようにやりたいドS野郎じゃねえか!」と散々罵倒された挙句「パニックS」というありがたいあだ名を頂戴した。中野のパニックS、ここに在り。



下手に金が有るなら、いらない電化製品でも買おうかとヤマダ電機へ。パソコンコーナーで何となくワイヤレスマウスを物色。マウスといえば、大学時代にプレイした18禁エロゲームを思い出す。そのゲームの売りは女性キャラとのHシーンで挿入時のチンコの動きをマウス操作で自由自在に操ることができるという点だった。マウスを激しく動かすと「激しくしないで・・・」挿入したままマウスを止めると「止まってないで動かしてよ・・・」と女性キャラが言ってくるという革新的システムだった。あーだこーだと様々な動きを試すのは本当に楽しかったが、そのうちコードの長さが制限されていることで自分の理想とするマウス動作ができないことに激しい苛立ちを覚えた私は、当時は非常に高価だったワイヤレスマウスを育英会奨学金を使って購入し、コードレスの広大な動作範囲を生かし、部屋の端から端までマウスを走らせて「オマンコ壊れちゃう!」と女性キャラに何度も言わせたものだ。オマンコ壊れちゃうよね。ワイヤレスだもの。このエロゲームから私が学んだことは、チンコの動かし方は武田信玄の旗印に書かれている「風林火山」の教えの通りにすることが大事だということだった。チンコも戦も、疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如くなのである。当時童貞だった私は、いずれ来る童貞卒業という大一番に向けて「チンコ風林火山」の心構えを持ち続けていたが、遂に相見えた初体験の相手が車椅子の女性だったことで頓挫した。動かざること山の如しというか動けないこと山の如しという女性が相手ではどうにもならなかった。武田信玄もあてにならない。
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結局有効なボーナスの使い方を見つけられなかったので、良いことがあった人へのお祝い金でほとんど浪費してしまった。残ったお金で、最近食事をした後輩が待ち合わせ中に読んでいた乳癌にかかった女性ジャーナリストの手記を買った。闘病記のように見せかけてセックスばかりしているし、日本人は辛気臭い励ましの言葉しかくれないのでダメ、その点外人はユーモアがあって最高だというような日本批判までしているのが無茶苦茶で面白かった。特に、筆者とのセックス時に筆者の胸を愛撫する前に「まず医学的関心を持って触るからね」と言って胸に触れた男は素晴らしかった。今度風俗に行ったらこの言葉は是非使おうと思う。その為に今日も明日も働かないといけないのだ。




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by tsume_kirio | 2015-06-24 12:52 | 人生の終わり | Comments(4)

坊主の親子

大地震等の突然の事態に備え、すぐに手が届く枕元に懐中電灯等を置いて寝ている人は多いだろう。ご多分に洩れず、私も懐中電灯に常備薬等の非常用グッズを枕元に置いて眠りについているのだが、他の方と違うのは一緒にエアガンも置いてあるということだろう。このエアガンは空き巣に襲われた時の護身用に用意してあるのではない。最近、持病である左半身の痺れが起き抜けに発症していることが多いので、その痺れた体にエアガンを撃ち込む為の物だ。痺れた身体に程よい威力でめり込むBB弾が、一日をスタートさせる「活」を私の身体に与えてくれる。徐々に痺れが取れて来たら、映画「デスペラード」のアントニオ・バンデラスのようなポーズで天井にエアガンを撃ち放つ。私の一日はこうして始まる。たまに就寝時の弾補充を忘れてしまい、弾切れを起こしたエアガンを握り締めながら自分の老いを感じることもある。単純な物忘れで老いを感じるよりも弾の入れ忘れで老いを感じるような人生をこれからも生きていきたい。
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「撃つ」といえば、最近は近所のダーツバーによく通っている。うちの職場を退職された先輩が店長を勤めているので通いやすいからだ。私は満面の笑顔を虫の裏側に似ていると言われたり、鼻の形が蛇口やステルス戦闘機に似ていると言われる容姿をしているのだが、ダーツをするのに容姿は関係なく、ダーツをする権利は全ての人間に許された平等の権利なのでダーツをしている。ブルと呼ばれるダーツの的の赤色の中心部分を狙っていると、学生時代にクラスの女子達にいじめられていた記憶がどうしても頭をよぎる。当時の私は女の子のような色白の肌をしていたのだが、鼻だけは真っ赤だった。顔の配色と位置バランスが日本の国旗に似ているということで「ジャパン」というあだ名でいじめられていた。ダーツの中心部分も赤色だなんて本当に残酷なことだ。過去のいじめを乗り越えながら、私は今夜も赤いブルを狙う。そこら辺の遊びでダーツをやっている奴とは違うのだ。
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余談になるが、ジャパンというあだ名でいじめられていた過去を、音楽家のたむらぱんの深夜ラジオに投稿したら、見事に採用され、賞品としてロッテのガム「フィッツ」をたくさん送ってくれた。そのガムのおかげで当時の食糧難を乗り越えられたので、たむらぱんは私にとって命の恩人である。私は命の恩人は決してオナニーのオカズにはしないと心に決めているので、たまに無性にたむらぱんで抜きたくなる時があるのだが必死で我慢している。
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本当の余談というのはこういう話のことだ。


「老い」といえば、地元で大きなお寺をしている親戚の坊主が交通事故に遭って死にかけたらしい。死に直面した人間は優しい気持ちになれるのか、昔に私のことを狐に憑かれた可愛そうな子供とののしっていたことをひどく悔いていたそうだ。確かに親族一同が顔を揃える法事の席で「近々この子のお払いをしたいと思います」と宣言されるようなひどい仕打ちもされたが、今となってはどうでもいいことだ。こちらとしても、大晦日の夜に除夜の鐘を突いているその坊主を、物陰からエアガンで狙撃するという悪行を重ねていたのでここはひとつお互い様ということにしてもらいたい。
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それに私に謝罪をする暇があるなら、私と同い年の自分の息子の心配をした方が良い。子供の時に一緒にお寺の境内で遊んだ時、大きめのムカデを見つけた彼は「良い物見せてあげるね」と言い、納屋から釘、金槌、包丁を取って来た。ムカデを足で踏みつけて自由を奪った彼は、ムカデの身体を包丁で真っ二つにした。ムカデは非常に生命力が強い生き物なので即死はしない。真っ二つにすると頭部も尾部のどちらも狂ったように動き回るのだ。その様子を私に見せて彼はケラケラと笑っていた。「もっと面白いの見せてあげるよ」と言った彼は、新しいムカデを見つけてきて、頭部に釘を打ち付け地面に磔にした。ムカデを抑えながら身体を包丁で細かく切っていく。尾部から頭部の近くまで切り終わった後「せーの!」で彼が手を離すと、細分化されたムカデの身体達が地面を四方八方に走り回るという地獄絵図だった。あまりの惨状に沈黙している私を見ながら「線香花火みたいで面白いよね」と言っていた男が、大人になった今、徳の高い坊主として仏前でお経を唱えているのだ。これ以上の問題があろうか。私の祖父の法事の時にお経を唱えに来た彼にこのムカデの話をしたら「そんなことはどうでもいい!」と声を荒げてきたので「坊主が人の話をさえぎっていいのか!坊主なんだから人の話は最後まで聞かないと駄目だろ!」と小競り合いをした。うちは全員お払いが必要な家系なのだ。
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by tsume_kirio | 2015-06-12 18:58 | 人生の終わり | Comments(0)

先日の快晴の土曜日、いつもお世話になっている方に招待され、上野の東京国立博物館にて開催されている鳥獣戯画展へと足を運んだ。国宝である鳥獣戯画に加え、鳥獣戯画が伝来した京都の高山寺に残る美術作品を一挙に集めた展示会とのことだった。元来美術という物に何の興味もない自分にとって展覧会というのは他流試合のような殺伐としたものであるので、それなりの服装をしていかなくては場に食われてしまう。色々思案した結果マサ斎藤のTシャツに袖を通した。マサ斎藤の信条である「Go for broke」(当たって砕けろ)の心持ちで国宝と向き合うことに決めた。
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会場に着くと人、人、人の長蛇の列。入場までに屋外で1時間、入場後に鳥獣戯画の展示室に入る為に館内でさらに3時間程並ばないといけないとのこと。紫外線対策として日傘の無料貸出、中継地点に給水所まであるという万全の態勢を敷いていたので大きな混乱は起きていないようであった。しかし、給水所を作るという機転が利くのなら、どうして水ではなく日本茶を振舞うという粋な計らいができなかったのだろうか。こういう状況だからこそ、キンキンに冷えた日本茶を飲むことで、茶のすばらしさを再確認し、日本人であることの喜びを感じれるのだ。外国の方にも良いアピールとなるだろう。水ではいかんのだ。国立の博物館に勤めているのだからそれぐらいの考えには至るべきである。展示会の準備が終わった後、飾られた鳥獣戯画を見ながら「素敵だね…」と言いながらお互いの手を握り合ってるような社内恋愛カップルしか居ないのだろうか。お前らはまんだらけのバイトか。肉屋は仕事中に肉を食べないのだぞ。お前らは肉屋以下だ。ちゃんとした博物館を運営するのであれば、性欲を一切持たない物達をスタッフにするべきだ。「美」を作る時に性欲は大きな武器だが「美」を運営する時に性欲は邪魔になる。性欲の先に日本の心がある。全員インポにしよう。「当館のスタッフはインポかセックスレスです」という博物館があったら私は毎週通うだろう。そんなことを考えていたら左半身が痺れ出した。最近になって分かったのだが、この痺れは自律神経失調症からの痺れだそうだ。精神的ストレスを感じることで自律神経が乱れ、血管が収縮し血液の流れが悪くなるのだ。私は他人の悪口を言っている時は常に左半身が痺れている。理不尽な悪意を一方的に撒き散らしながら、痺れる身体を引きずって生きていく。私に近づく人はもらい事故に遭うことは覚悟して頂きたい。
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入場した後は順路に従い、掛け軸やら仏像やら絵巻物やらを鑑賞した。芸術が分からない私でも興味深く思える展示物がたくさんあった。特に子犬という木彫の置物は非常に良かった。良かった理由は犬だからだ。それ以外の理由は必要ないだろう。他に印象に残ったのは、国宝の絵巻物に書かれていた竜宮城にありがたい経典を取りに行った男の話。経典が水に濡れないようにする為だけに自分の足のすねを切り裂き、足の中に経典を入れて持ち帰った場面が馬鹿で良かった。是非この話をロバート・ロドリゲス辺りに映画化してもらいたい。足に経典を入れるシーンだけ何度も見るだろう。鳥獣戯画については特に感想は無いのだが、世界的に有名な国宝の前にマサ斎藤のTシャツを着て立てたということは私の人生で大事な節目になった。これぞ「Go for broke」(当たって砕けろ)だ。
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展示物を一通り見終わった後、身体の痺れを休めながら他の客を観察した。博物館デートを楽しんでいるいかにもといった美大系カップルが多く見られた。この展示を見る前にセックスをしてきたのだろうか、それともこの展示会の後にセックスをするのだろうか。「セックスの前に国宝なし、セックスの後にも国宝なし、本当の芸術とは国宝を見ながらするセックスである。そこに至るには何が必要か。それは金でしかない。金という権力を掴んだ者でしか国宝を見ながらのセックスはできない。絵を描くのも良いけどね、まずバイトを頑張りなさい。遠回りもいいもんだよ」と心の中でつぶやいた。仏像を見ながら「ポールスミス…」とつぶやいている男が居た。その感覚を大事にして生きていって欲しい。以上。少し遠めにワンショルダーの服を着ているババアが見えた。国宝展にワンショルダーとはどういうつもりだ。お前はアンドレ・ザ・ジャイアントか。国賊め。腹を切れ、ワンショルダーの白装束で腹を切れ。この展示会に来ている女性はシブガキ隊でいえばモックンのことが好きな奴ばかりだろうか。片岡鶴太郎のことが好きだとかいう女も居るのだろう。そいつらに「ではモックンと鶴太郎とどちらかとセックスできるならどっちがいいか?」と聞いたらば、ほとんどがモックンと答えるだろう。それが鶴太郎の限界なのだ。芸術の限界だ。私は鶴太郎の限界を鳥獣戯画展に見た。鶴太郎はそれでも生きている。なので私も生きる。
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身体の痺れを紛らわす為に鳥獣戯画展の会場を離れ、本館に展示されている日本刀を見に行った。目の前で輝く日本刀を見ながら、自分の中にある武士道について今一度考えた。私だけの武士道。私は年上とカラオケに行った時、年上が歌っている時は絶対にトイレには行かない。目上が歌っている時に席を立つのはいかなる理由があっても失礼なことである。私だけの武士道。たとえばゲイにレイプされそうになった時、甘んじて尻を犯されるのではなく、最高のフェラをすることで相手の精子を尽きさせて自分の尻を守るのが私の武士道。最後まで望みを捨てずに戦うのが武士道。1回レイプされた失敗を生かさずにまたレイプされてしまった女性を笑って受け止めるのが私の武士道。いや、上岡龍太郎が昔やっていた幽霊を見た人を50人集めて激論を戦わせる番組のように、2回レイプされてしまった人を50人集めて「だから2回されちゃうんだよ!」と50回言いたい。いや50回は言いたくない。本当に悪いのはレイプ犯だ。それぐらいは分かっている。ただ目の前の日本刀の輝きだけは本物だ。ニガーよ、日本刀は最高だ。
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鳥獣戯画展に戻ると、鳥獣戯画がプリントされたTシャツを嬉しそうに買っている人が居た。なんとも言えない悲しい気持ちになった。どうしてこいつが生き続けて、桃井望が死なないといけなかったのだ。ニガーよ、桃井望は最高のAV女優だった。徐々に酷くなる左半身の痺れに耐えながら、帰りの電車の中で桃井望が殺された事件の現在の捜査状況を検索する。解決の糸口は見えていない。両目を閉じて桃井望の成仏を祈った後、携帯のメモ帳に「ジャンボ鶴田のTシャツを買う」と打ち込んだ。最近物忘れがひどい。自分の老いを感じ、間寛平の動画を何本か見たがぴくりとも笑えなかった。まだ写真を趣味にしようとも思わない。まだ大丈夫だ。今日思ったことは明日には全部忘れているような毎日だが、明日は阿佐ヶ谷の釣堀に行く。左半身が痺れてる男に釣られてしまう魚を見て笑うのだ。
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by tsume_kirio | 2015-06-06 23:34 | 人生の終わり | Comments(0)