最近仲良くしている女子大生が居る。僕と彼女の距離が縮まったきっかけはあまり美味しくないうどん屋での会話だったと勝手に推測している。カウンター席に横並びで座った時、自分の目の前にあるぶっかけうどんに一度目を落としてから「彼氏とどんなHしてるの?」と聞いた。彼女は一瞬言葉に詰まったが、一呼吸置いてから彼氏との性生活を詳細に答えてくれた。なんてグッドコミュニケーション。ひとつ間違えればセクハラというかセクハラそのものなんだけど、それをきっかけに彼女とは一緒に映画を見に行く仲になった。東京駅が100周年ぐらいなのを記念して作った「すべては君に逢えたから」を観賞。まず自分では足を運ばないであろう種類の映画だったのも新鮮だったし、エンディングでゆずの歌が大音量で流れるのを聴きながら「これが映画だ」と心から思った。映画のエンディング曲は全てゆずにすればいい。余計なかっこ良さを考えて的外れのエンディング曲を流してしまうよりもずっと良いだろう。一番の収穫は生まれて初めて玉木宏の演技を見て「すごく良い声してるな」と知ったことだ。うどん屋でのセクハラからはじまった縁が「玉木宏は実は良い声をしている」という発見まで繋がる。なんて素晴らしい世界だろう。毎日仕事終わりに「ホーボー・ウィズ・ショットガン」のDVDを観てから寝ていた自分にサヨナラだ。
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上のうどん屋での一件のように、僕はセクハラは素面でするようにしている。女性を嫌な気持ちにするかもしれない危険な言葉を使う時は、せめて何も言い訳にできない状態で相手に伝えるのが僕なりの武士道だと勝手に思っている。本当の武士ならまず女性を大切にするのだろうけども。まぁとにかく本当にお酒を愛しているのならお酒を何かをする時の力にしたり、失敗した時の言い訳にはしない方が良い。僕はシーチキンを心から愛しているので「昨日はシーチキンを食べた勢いで失礼なことを言ってすいませんでした」なんて言葉は一生言いたくない。シーチキンには何の罪は無くただ美味しいだけ、悪いのは僕自身なのだから。シーチキンとドデカミンとは良い距離感でこれからも付き合っていく。偉そうに書いているが、僕の女性とのコミュニケーションは「相手の気持ちを全く考えない」という一点だけで成り立っており、相手が受け止めてくれるかどうかという単純明快なものである。前述の女子大生をはじめ、よく一緒に飯を食う奥田民生似の女友達、こんな僕と仲良くしてくれている女性達には感謝の言葉しかないが、女子大生は車に二回跳ねられた上に心理テストでサイコパスの診断を受けているし、民生似の女は前科持ちの介護士なのでどっちもどっちだ。
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お酒と言えば、僕はお酒を飲み過ぎてトラブルを起こすことは少ない方だ。飲酒運転で弘法大師空海が作ったほこらをぶっ壊した祖父や、飲酒運転で当て逃げ事故を起こしてパクられた親父に囲まれて育ったので、自然と「酒」という物への自制心が育まれたのだと思う。唯一酒で失敗したと記憶しているのは大学時代のことだ。うちの大学では毎年六月ぐらいに、グラウンドの真ん中にキャンプファイヤーのように火を燃やし、その周りで学年、教授関係なく輪になって酒を飲む「ファイヤーカーニバル」という大学公認の飲み会が開催されていた。全ての酒、食事代は学校が出してくれる夢のようなイベントなので毎年参加者が多かった。初体験が出会い系で知り合った車椅子の女というような大学生活を送っていた僕はそういう趣向のイベントは敬遠していたのだが、日頃お世話になっていたゼミの先輩に誘われ、仕方なく一回だけ参加した。
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ジョージ高野似の先輩は「燃え盛る炎を見ているとさ、自然と心が熱くなってお酒がいつもより美味しくなるんだ」と言った。火を見るとそういう気持ちになる人が多いのは理解できるが、中学校の時の臨海学校のキャンプファイヤーにて急遽開催されたのど自慢大会でトップバッターに指名され、何を歌ったらいいのか分からない手探りの状況でWANDSの「時の扉」を熱唱し「キャンプに合った曲を歌いなさい」とみんなの前で怒られた苦い記憶がどうしても蘇ってしまい、僕の心は閉ざされていた。会話が続かないことに困った先輩は「お互いの初体験の話をしよう」と酒の場にお決まりのH話を放り込んできた。一刻も早くこの男を黙らせたいと思った僕は、車椅子の女性との初体験を赤裸々に話した。教育実習に行った学校で生徒達から20回も胴上げされるような人間がデキた先輩はしばらく黙った後に「飲めば忘れれるさ」と酒を勧めてきた。「どんなに飲んでも車椅子は車椅子なのだから忘れることはできない」と言い返したいのを我慢してただ大量に酒をあおり記憶を失った。次に目を覚ました時は警察だった。先輩と警察の話では、泥酔した僕は演劇部の部室に行き、無理やりウエディングドレスを借り、バス停にドレスを着せバス停と熱いキスを交わす結婚式を挙げ、「バス亭とセックスする」とテコの原理でバス亭を倒そうとしていたところを警察に保護されたそうだ。被害者は無理やり既婚にされたバス亭のみであるし、特に破損した場所も無かったので厳重注意で解放された。どうせなら初夜まで経験したかった。
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翌日、その件について大学の就職指導課から呼び出しがあった。就職指導課の面々とは、学長室の真向かいにあるトイレの個室からトイレットペーパーを引っ張り、学長室の扉まで届くのかどうかという実験をした時に、学長室まで届いたトイレットペーパーを笑顔で巻き取りながら帰っていた所を捕まえられた件で面識があった。「就職のことでしか生徒を怒ることが無い私達がこんなことで生徒を怒るなんて…」と絶句させて以来の再会となった。「以前のトイレットペーパーの件といい、こんなことばかりしていたら就職できないぞ」という内容のお説教だった。散々叱られた後に「たぶん大丈夫です」とシンプルに答えてその場を後にした。もうこいつらと会うこともないだろうと思っていたのだが、内定をもらった帽子専門店の入社前日に「いくら帽子専門店といっても、6階建ての自社ビルを持ち、その全フロアで帽子だけしか売っていないのは気が狂っている。怖い」と思い、入社を断ったことでもう一度会う羽目になるのだから人生は面白いなと思う。

僕は真剣に痩せようと思う。


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by tsume_kirio | 2014-05-22 09:14 | 人生の終わり | Comments(14)

華麗なる一族

私の人生で一番必要ないものといえば、それは車の運転だと思われる。過去に友人が運転する車でひどい交通事故にあった。デパートの立体駐車場をぐるぐると回りながら下りている途中、友人は「目が回った」という短いがインパクトのある一言を残し側面のコンクリート壁に激突した。飲み始めたばかりのCCレモンのペットボトルが自分の手を離れ空中をゆっくりと回転するのが見えた。シートベルトをしていなかった僕の体は衝撃で持ち上がり、一直線にフロントガラスに突き刺さり意識を失った。どれぐらい意識を失っていたかは分からないが、目を覚ました時に僕はまだ車の中で、友人は救急車も警察も呼ばずに運転席で体育座りでガクガク震えていた。「人間は本当に追い込まれると体育座りをする」という漫画で読んだ通りの光景だった。ぼんやりとした意識を振り絞りフロントガラスに目をやると、僕が頭をぶつけたと思われる場所に弾痕のような跡、そこから運転席側に向かって横一文字に大きなヒビが入っていた。恐る恐る「俺、今どうなってる?血出てる?」と友人に聞くと「何にもなってないよ…逆に怖いよ…」と半泣きで答えた。血が出ていないことに安心しながらも、確かに外傷が何も無いのが不思議な惨状だった。何とか気持ちを落ち着けて何度も考えてみたが、どう考えても僕は内に眠るエレメントパワーを発揮してしまったようだった。小さい時に光る虫に刺されて自分の体が木になってしまうという不思議な経験をした。それ以来、平熱が常に37度を越える体になった。「火」のエレメントパワーをその時に授かったのだ。生命の危機に瀕した瞬間に反射的にそのパワーが一気に放出され自分の身体を守ったのだろう。真面目な顔でその話を友人にしたら、しばらくの沈黙の後に「こんな時なのに優しいね…ありがとう…」と苦笑いをされた。優しい嘘のつける大人だと尊敬されてしまった。その後に病院に運ばれ脳の精密検査を受けた。外傷が無い分脳の中身にダメージがあるのでは…と不安な気持ちで診察結果を待っている僕のもとに「さっき飲みかけだったから…」と言ってCCレモンを差し出して来た友人に「サンキュー」と言った。今度は優しい嘘をついた。友人はジンジャーエールを持っていた。くるりの「ばらの花」の「ジンジャーエール買って飲んだこんな味だったけな」という歌詞が一番はまる場面だったような気がする。
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戦争で敵兵を千人殺したと言い張る祖父は、平安時代に弘法大師空海が作ったとされている祠に軽トラで突っ込んでしまった。立派な飲酒運転である。空海が封じ込めていた邪気は空に放たれ、その直後うちの地域は四国四県に水を供給している大きなダムが干上がってしまうほどの大規模な水不足に襲われた。祖父は空海の言い伝えを信じる老人達から総スカンを食らい数々の虐めを受けた。その中でも特に酷かったのは、うどん屋に入ってうどんを頼んでいるのにうどんが出てこないという虐めだった。爺ちゃんが「かけうどん大」と大きな声で何回言ってもいっこうに「かけうどんの大」が出てこない。ためしに僕も「かけうどんの大ください!」と言ったが、やはり「かけうどんの大」が出てこない。この世の中に「うどんをください」と言ってうどんが出てこない以上の虐めがあろうか。全ては空海があんな場所に祠を作るからいけないのだ。空海のせいで祖父はうどんを頼んでもうどんを出してもらえない地位の人間になってしまった。この一件があってから僕は「好きな坊主は特にいないけど嫌いな坊主は空海」とよく言うようになった。
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親父は大学時代にアマレスで鳴らした人で俗に言う体育会系の人である。ことあるごとに「逃げるな!」と僕を叱ったものだ。その反動により、喧嘩ではエアガンによる遠距離攻撃を主とする卑怯な子供に僕は育った。子は逆に育つものだ。そんな厳格な親父も車で失敗をした。人身事故。しかも逃げた。ぶつけられた方の女性が車から降りてきたのを無視して逃亡。立派な当て逃げ犯である。いつもは開け放たれている車庫のシャッターが閉まっているのを不思議に思い、シャッターを持ち上げた瞬間にフロントがボロボロになった親父の愛車を見た瞬間「ベギラゴン…」と思った。

その夜さらに驚く出来事があった。深夜に見慣れない男性2人が尋ねて来たので「これは逮捕かな…」と察した僕は、応接間の扉を軽く開け親父の逮捕の瞬間を今か今かと待った。そんな僕の目に飛び込んできたのは、地面に頭を擦り付けて土下座をしている親父の姿だった。親父は自分の友達とそのお父さんを呼んでいた。その友達のお父さんは県議会の副議長をしている実力者だった。二人に土下座しながら「あなたの力でこのことを何とか穏便に済ませてください…」と親父は懇願していた。映画「道」のラストシーンで慟哭するザンパノのように泣き叫ぶ親父を見て「大丈夫、逃げてない。ちゃんと戦っているよ」と僕も泣いた。この言葉は親父にはまだ伝えられていないし、この先伝えることはずっとないだろう。この一件で親父をさげすむような気持ちを持つことは無かったが、この一件が有ってから後に僕はギャルゲーにひどくハマッたので何かしらのショックは受けていたようだ。副議長は何とか罪を軽くできないか色々動いてくれたようなのだが、しょせん副議長なのだから罪をもみ消すことなどできるはずもなく、親父は当て逃げ犯として逮捕された。
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親父のこの一件もあり、うちの家族はずっと副議長を応援せざるを得なくなった。副議長は「罪をもみ消せ」などというひどいお願いをされたのに、その後もうちの家族を懇意にしてくれた。その上、副議長の力で、うちが所有する畑に国道を通す計画を立ち上げてくれ、土地代として国からたくさんお金をもらえるようにまでしてくれていたのだが、ある時の県議会選挙で親父は副議長に一票を投じに行かなかった。その理由が「雨がひどかったから…」という苦しい言い訳だったことに加え、運悪く落選までしてしまったことで元副議長の逆鱗に触れた。落選により政治力を失った元副議長が、自分の政治家生命を懸けてその後にしたことは、国道計画を変更し、下の図のように露骨にうちの畑を避けて国道を作ることだった。畑を避ける為に無理なコース取りをした結果、このカーブは魔のカーブと言われる交通事故多発地帯になった。僕の親父はこの世に魔のカーブを産んだ男なのだ。それは尊敬に値する。
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以上のように、うちの家系は三代続けて車に関わると本当にろくなことがないのだ。書いてるうちに、転勤を言い渡されたら退職しようという気持ちが強くなった。

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by tsume_kirio | 2014-05-02 19:37 | 人生の終わり | Comments(10)