味覚から墓場へ

味覚を失ってから、担当医から指示された亜鉛摂取や薬物治療を根気強く続けたものの、味覚はいっこうに戻る気配が無かった。味覚障害を併発する病気として糖尿病や脳梗塞の検査も受けたが、その兆候は無し。乱れた日常生活の改善、主に食生活と充分な睡眠時間の確保、常用している薬の断薬など色々と試してはみたが、どれも目に見える効果は無かった。自分では結構頑張っているつもりだったが、担当医の目から見ると、本気で味覚を取り戻そうという気迫が、私から全く感じられないとのことで「自然に味覚が戻るというより、自分で味覚を取り戻すんだという強い気持ちがあなたには必要ですね」とやんわりと説教された。ここはファイトを見せる時だと「夏までに味を取り戻します」と力強い決意表明をしたが「味を取り戻したら夏が来る」の方が風流な感じがしたので言い直した。元サッカー日本代表北澤豪によく似た担当医は黙って私のことを睨んでいた。
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味覚障害について自分なりに色々と調べてみると「味覚を失ってから最初の一ヶ月で少しでも回復が見られない場合、二度と味覚が戻らない可能性が高い」というおそろしいデータがあった。もし、このまま味覚が戻らなかった時、この先の人生をどう生きていくのかを改めて考えてみたが、どれだけ考えてもウンコを食べて生きていくしかなかった。味がしないことを武器に、ウンコを山盛り食べれるスカトロ専門の男として各分野で重宝されるしかない。ウンコを食べて巨万の富を得る。その為には、残っている嗅覚が邪魔となるので「自分で嗅覚を無くす手術とかってあるんですかね?」と担当医に相談すると「何を考えているんですか?自暴自棄になってる?」と心配されたので、上述したウンコのくだりを説明したところ「あなたと同じように味覚障害で苦しんでいる人達をバカにしてますよ。もう罪ですよ」と怒られてしまった。「味を失ってもなお罪を犯す」江戸時代から続く、一族の男が全員前科者という呪われた家系の私にしかできない偉業である。
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味覚を失ってからも、行きつけの蕎麦屋には変わらず通っていた。蕎麦屋のおばちゃんから「いつもは美味しそうに食べてるのに、最近は全然だね」と怒られた。味覚を失ったことを正直に伝えようかとも思ったが、ババアに余計な心配をかけるのは大人の男のすることではないので「余計なこと言わないで、俺の為だけに蕎麦を作ってなさいよ」と毒づいたら、ババアはほっぺを少し赤くしていた。たぶん濡れただろう。「味を失うも、ババアを濡らす」これも偉業である。また、行きつけのオカマバーのオカマ達から「味が全くしないのに、普段の食事は楽しめてるの?」と心配された。オカマに余計な心配をかけるのは大人の男のすることではないので「食べ物の触感や食材の色で視覚的に楽しんだりできてるから大丈夫だよ」と少し虚勢を張ったところ「色と触感で楽しむなんて下着泥棒と基準が一緒じゃないの!このド変態野郎!」と罵られてしまった。味を失っても、ちっとも優しくしてくれない。それが一番嬉しいことなのだけれども。
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味覚を失うのとほぼ時を同じくして、小銭稼ぎの為に、親戚の中学三年生男子の家庭教師を始めた。顔がプロレスラーの田中将斗によく似ていて素直な子だ。両親が共働きということで、両親不在時の面倒も合わせてみることとなった。家庭教師のアルバイト経験は過去にもあったので、以前と同じく、勉強は全く教えずにやる気を出させることのみに重点を置く授業スタイルにした。最初の授業にて「勉強をしないとただのバカにしか思われないが、ちゃんと勉強して知識を付けた上で、あえてバカなことをして生きる方が同じバカでも格好良いバカになれるよ。だからとりあえず勉強をしようか」という宗教的な授業でバイト代の三千円をもらった。その金で帰りにエロDVDを買った。正しい金の使い方をした。
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その後も、課外授業という名のもとにプロレス観戦に連れて行ったり、プロ野球選手名鑑であまり有名じゃない選手の顔写真を見て年棒を当てる授業、狩猟民族の狩りの動画の鑑賞会、ゲーセンで生徒に二千円を渡し、生徒がその二千円をどう使うのかを観察するといった完全に私の暇つぶしに付き合わせていたら、最初は従順だった生徒も徐々に私に反旗を翻すようになってきた。ある日の授業で、いろはす桃を飲んでいる私に対し「味覚障害で味がしないのに、いろはすの桃を飲んでるのはおかしい。値段が安い普通のいろはすを飲めば経済的で良いのに!」と生意気なことを言ってきたので「たとえ味がしなくても、先生は桃を愛しているから桃を選ぶんだ。いろはす百二十円、いろはす桃百五十円、その差はたった三十円、このたった三十円の差が先生と君の差であり、本当にわずかだけどこの差は一生埋まらない!」と凄んだ。人生は甘くないぞ。
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やがて味覚を失ってから二ヶ月が過ぎた。担当医も、もはや打つ手なしといった諦めムードだったので、ネットで見かけたオカルト処方を試すことにした。風邪を引いた時に神経をやられて味覚を失う人がたまにいるのだが、その逆で味覚を取り戻す人もごく少数いるらしいのだ。「そういうわけで、わざと風邪を引いてみていいですか?」と担当医に相談したところ「狙って風邪を引くなんてできるんですか?」と小馬鹿にされたので「私は大人なので大丈夫です」と答えた。水風呂に長時間浸かり、体をろくに拭かずにそのまま全裸で寝ることを三日間続けたら、見事に近年稀にみる酷い症状の風邪を引くことができた。大人は何だってできる。そして、漫画のような話だが、私は味覚を無事に取り戻すことができた。鼻やら喉やらの口周りの神経を刺激したのが良かったのか、その理由は医者にも分からない。ただ、これは一時的な回復かもしれず、また味覚を失う恐れも高いそうだ。そんな先の不安はどうでもいい。そんなことよりも、久しぶりに私が味を感じた食べ物がスコールという乳性炭酸飲料だったことの方が素晴らしいじゃないか。
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そんなこんなでようやく味覚を取り戻したのだが、本当に色々あり、長年続けてきた仕事を急遽辞めることになった。「味を取り戻し、職を失う」中国の故事成語のような話である。相変わらず、何かを得れば何かを失う人生だ。そんな人生の岐路に立ちつつも、家庭教師へと向かう。授業後に、なんとなく生徒を公園に連れ出した。百均ショップで買った折り紙で、生徒に紙飛行機を作らせる。生徒が飛ばす紙飛行機を私がエアガンで撃ち落とすという無職っぽい遊びを繰り返しながら「同じ形の飛行機は作るなよ」とか「ずっと一機ずつ飛ばしてもつまらない、二機、三機と飛ばして変化もつけなきゃダメだ」と人生を楽しくするヒントを教えるのも忘れない。そして頃合いをみて「先生な、仕事辞めたんだ、無職なんだ」と告白したら、生徒はしばらく黙った後「次は僕に撃たせて」とエアガンを奪おうとしたので「ダメだ!」と断った。怒りながらも、「職は失ったが、俺にはこの子がいる。この子を本気で育ててみよう」と心に誓った。
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帰宅途中、近所の墓場に立ち寄った。子供の頃はよく墓場で遊んだものだ。うちは貧乏だったのでおもちゃをあまり買ってもらえなかった。そんな私が編み出した遊びが、墓場の墓石に書いてある故人の名前、年齢、家族構成から、その人がどんな人生を歩んだのかを頭の中で妄想して遊ぶというものだった。墓場のような怖い場所には、学校のいじめっこ達も来なかったので居心地も良かった。かっこいい音楽を見つけた時なんかは、それを誰かに教えるのが恥ずかしかったので、放課後に墓石に向かってその歌を歌い、安らかに眠る死者にオススメの音楽を一方的に教えるというレイプ行為をよくしていた。あの時、私が墓石に向かって大声で歌ったイエモンの「悲しきASIAN BOY」が時を越えて蘇る。来月はイエモンの復活コンサートに行かないと。職を失ったぐらいで落ち込んでばかりもいられない。ある本に「男には自分を甘やかす場所として酒場、死を常に間近に感じる為に墓場が必要だ」と書いてあったが、私には墓場だけで充分のようだ。もう一度墓場から人生をはじめよう。そしていつかこの墓場にあの生徒を連れてくる。


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by tsume_kirio | 2016-06-28 17:48 | 人生の終わり | Comments(11)

さよなら味覚

突然でなんだが、ストレスで味覚を失ってしまった。本当の理由がストレスかどうかは分からないが、なんでもかんでもストレスのせいにしておくのが、この世の中の平和を保つ手段のような気がしているので、そうさせていただく。

そんな感じで味覚をやられて落ち込んでいる私に、一時の安らぎをくれたのは隣に住んでいる大家のババアだった。このブログでもよく書いているが、私は大家に大変気に入られている。気に入られているというより惚れられている。私の顔を見ただけで大家のほっぺがリンゴのように真っ赤に染まるのだから、その惚れ具合たるや恐ろしいものがある。昔懐かしい恋愛ゲーム「ときめきメモリアル」で主人公に完全に惚れている状態の女性キャラのほっぺのようだ。ちなみに、大家はフルメイクの時は元m-floのLISAによく似た西海岸風のセクシーババアなのだが、ノーメイクだと日本プロボクシング協会の大橋秀行会長にそっくりである。そういう所はすごく可愛いと思う。
 
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そんな大家から「貴方のお部屋、この冬は過ごしやすかった?」と聞かれたので「ちょっと床が冷たくて大変でした」と正直に答えたら「貴方の部屋を床暖房にしてあげたい」というありがたい言葉を頂いた。「そんな特別扱いをしてもらったら他の住人の方に悪い」と丁重にお断りしたところ「それならこのアパートの全部の部屋を床暖房にするから」と豪気なことを言ってくれた。さすが大橋会長。さて、床暖房とは少し違う話になるが、ホットカーペットの上でオナニーをする時、オナニー開始と同時に電源を入れておくと、オナニーの盛り上がりに合わせ、徐々に床が暖まってくるので、まるで自分のオナニーが凍てつく大地に春のぬくもりを運んで来たかのような奇跡を感じれてとても良い。さらに、座禅を組んで行えば、悟りを開いたブッダになったかのような神々しい気持ちになれて、なおオススメである。



ブッダのつもりでオナニーを続けていたら、神の逆鱗に触れたらしく、味覚を完全に失ってしまった。ここ最近、食事を口に入れてから、実際に味がするまでに数分かかるという状態が続いていたのだが、ついに何を食べても全く味がしなくなった。医者が言うには、ストレスやら脳の病気の可能性やらが原因として考えられるそうだ。医者から味覚障害を宣告された時は、味覚を失った代わりに超能力でも手に入れてはいないかと思い、映画「スキャナーズ」のように頭を大爆発させてやろうと、テイ・トウワ似の医者に向かって悪しき念を送り続けていたら「そんなに悲しまなくて大丈夫、必ず治りますよ」と心配される始末だった。自分を殺そうとしていた相手に優しい言葉をかけてくれてありがたい。帰宅してからは、味覚を失った代わりに性感帯が敏感になっていないかを確認する為にオナニーをした。いつも通りのオナニーであることを確かに確認した。私は「確認」の為にオナニーをします。
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味覚を失ったことで多少は苦労するかと思ったが、今のところそれほど辛くはない。よくよく考えてみたら「食」に対してそれほどこだわりがない人生を送ってきた私にとって、味覚は特に必要ない物なのかもしれない。飲食店にて、ソコソコのお金を払うぐらいで、見ず知らずの自分に対して注文通りの料理を出してくれるだけでありがたいことだと感謝している。食べ物が出てくるだけまだマシだと思えば何でも美味しい。ただ、この前に中華料理屋にて、炒飯を頼んだのに焼きそばが運ばれて来た時、店内がお客でごった返していたので、作り直させるのも悪いなと思い、黙って焼きそばを食べていたら、間違いに気づいた中国人店員に「炒飯と焼きそばは全然違うのに、あなたはなぜ食べたのですか?」と詰問された。世界は一つになれない。



味覚を無くして得をしていることもある。触覚と嗅覚は残っている為、肌触りや匂いが苦手な食べ物はさすがに無理なのだが、味が苦手だった物は何でも食べれるようになった。豆類にビールに紅茶に生魚・・・今まで食べれなかった物をモリモリ食べれることが楽しくて、味覚障害になってからの方が食欲旺盛になった。おかげさまで「味覚障害なのに体重がさらに増加してデブ」という有様である。ただ、回転寿司に行った時は、全く味がしない寿司達がひたすら自分に向かって迫って来る光景が少し怖かった。
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味覚を失ったことを内緒にして誰かとご飯を食べるのも楽しい。食事で一番大事な「味」が欠けているのを隠して、食事の席を楽しい場として成り立たせることは、プロレスラーが試合を成り立たせる為に奮闘するのに似ている。私は大好きなプロレスラーにはなれなかったが、会食という場所で私なりのプロレスをしているのだ。それは本当に幸せなことだ。あと、味がしようがしまいが、自分が好きな人と食べる飯は楽しいし、自分が好きなお店で食べる飯は楽しい。そのことを再確認できたのも良かった。



実は最近給料が上がったので、仕事上がりに久しぶりに風俗に行くことにした。受付にて、スマートフォンでガーネットクロウのボーカルの写真を見せ「この子に似た女の子居ますか?」といつも通りの質問をしたらば「できるだけ近い女の子を派遣します」と約束してくれたのだが、ホテルに訪ねて来たのは「女姿三四郎」と謳われたソウルオリンピック柔道銅メダリスト山口香似の風俗嬢であった。
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風俗では、最初にイソジンでお互いにうがいをして口を消毒をする。その時に口の中に広がるイソジンの風味で、風俗に来たことを改めて実感するのだが、味覚を失った今の私には、そのイソジンの味を感じることができない。それはとても悲しいことだった。風俗では、Hなサービスを受けるよりも、かくれんぼやプロレスごっこなどの別のことをして遊ぶ方が好きなのだが、今回に限っては、味覚を失った代わりに、私の身体に新たな性感帯が目覚めているかもしれないので、女姿三四郎に丁寧な全身リップをお願いして細部までくまなくチェックをしたのだが、新しい快感はどこにも目覚めていなかった。無念だ。



プレイ時間も少なくなり他愛もない世間話をしている時に、自分が味覚障害であることを正直に話した。そして恥を忍んで「遊びじゃない本気のキスをしてください、もしかしたらそれで味覚障害が治るかもしれない」と頼み込んだ。彼女は困惑した表情を見せたが「俺は本気のキスにオプションサービス代を払える」という私の熱意に負けて、先ほどとは比べ物にならない熱い熱いキスをしてくれた。彼女の本気をしっかりと受け止めた私は、颯爽とベッドから降り立ち、ラブホテル備え付けの冷蔵庫で販売しているジュースを飲み干してから「治った!」と満面の笑顔で彼女に言った。彼女は引きつった笑顔で「良かったね~」とパチパチと拍手をしてくれた。もちろん味覚障害は治っていない。でもそんなことはたいした問題じゃないのだ。
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味覚を失った私はこうやって生きていきます。



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by tsume_kirio | 2016-04-25 23:16 | 人生の終わり | Comments(9)

ビヨンド・ザ・タイム

新年早々、近所に住んでいる不眠症の元カノと出くわしてしまった。彼女とは七年近く同棲した付き合いである。七年ともなると、良いことも悪いことも含め、本当に色々なことがあったが、今となっては全てが良い思い出だ。ただ、私と別れた後に過眠症の音楽家の男と付き合ったことだけは許さない。眠れない女が眠り過ぎる男と付き合うとは何事だ。メルヘンか。よく眠る音楽家の男とは何者だ。メルヘンだ。貴様が睡眠薬を断薬した時の禁断症状中に私にした「パワフルな動きで家事をしないで!」という無茶なリクエストに応えて、音を立てないようにサイレントな家事をしていた私の頑張りを忘れたのか。
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いざ顔を合わせたからといっても、取り立てて話したいことなどは何も無く「今年は年賀状をどれだけもらったか?」というどうでも良い話題になり、私が眼鏡屋からもらった1通だけで、彼女は質屋からもらった1通だけだった。これ以上話をしても、お互いの将来が不安になるだけなので「amazonに頼んでるAVがそろそろ届くから帰るね」と言い放ち、手を振って別れた。
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AVの話になったついでに書くが、私は「顔射」という行為が余り好きではない。女性の顔に精子をぶっかけることに罪悪感を覚えるというような真っ当な理由ではなく、大学時代に付き合った彼女から受けたトラウマがその理由である。彼女は「襖や障子の敷居は絶対に踏んではいけない」「朝は5時に起きてお祈りをする」というような教えのカルト宗教に嵌っていた上にヤリマンという手のつけられない女だった。
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ある時、海上自衛隊員3人と4Pをしていたことがバレたにも関わらず「女は海を知っている男に弱いの」と全く悪びれた様子を見せない彼女に対し、いつもは嫌がってさせてくれない顔射をさせてもらうことで手打ちにするという工業哀歌バレーボーイズ的な罰を与えることにした。私の精子を顔でしっかりと受け止めた彼女は、空ろな目でしばらくぼんやりとした後「現人神様・・・私・・・試されるのね・・・」とポツリと呟いた。顔射をされることすら「宗教上の試練」と受け止める彼女への恐怖で私は顔射を嫌いになった。
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そんなわけで顔射への恐怖感はいまだにあるのだが、昔に見たAVの顔射シーンで、ナイキのロゴマークそっくりに射精した男優が「これ…これ…これ…あ…ああん…名前言っちゃ…マズイけど…有名な会社の…マークで…出ちゃったよ…」と言った奇跡の顔射シーンだけは素晴らしかった。シコっていた手を思わず止めて拍手をしたのをよく覚えている。今年もそんな素敵なAVに出会いたい。いや、必ず出会ってみせる。
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毎年恒例の一大新年行事として「新年最初のオナニーは誰をオカズにするのか?」という問題は、常に私の頭を悩ませてきた。原点回帰を旗印に敬愛する小野真弓をオカズにした年もあった。私の溢れる性欲が日本神話の世界まで脅かし、掛け軸に描かれた天照大神で抜いた年もあった。手塚治虫の「火の鳥」を女性に見立てて抜くという迷走を見せた年もあったが、果たして、今年はいったい誰で抜いたのか。
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昨年末、私がハマっていたのは日本赤軍の重信房子のような美人女性犯罪者で抜くことと、スーパーで売っている野菜に貼ってある「この野菜は私達が作りました」ということを証明する生産者シールに写っている純朴な農家の嫁で抜くということだった。年が明けてもその流れは変わることはなく、正月から「犯罪者か、農家か」という、おそらく今まで人類で誰も悩んだことがないであろう二択に私は頭を悩ませたが、重信房子の天使の微笑みに負けた私は、新年早々犯罪者でオナニーをすることに決めたのだった。犯罪者をオカズにするような男になってしまい、ここまで育ててくれた親族には本当に申し訳ないと思っているが、親族のほとんどが前科者なので仕方ない。
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「正月にふさわしい女性犯罪者」を探そうと一念発起し、美人犯罪者の検索に躍起になっていた私の前に恐ろしいサイトが現れた。その名は「arrests.org」である。このサイトはアメリカの公式サイトであり、TOPに表示されているアメリカ地図の州をクリックすると、その州で逮捕された犯罪者の逮捕時の顔写真がリアルタイムでどんどんアップされるというものだ。これだけでも充分面白いのに、様々なタグ検索で犯罪者を絞り込むこともできるようになっている。各州の最新画面から「Tagged」→「Hotties(セクシーな女性)」で検索すると、美人犯罪者を抽出できる。まさに私の為にあるタグではないか。他にも「Beat up(殴られて顔が腫れている人)」や「Hunks(イケメン)」等で検索をして楽しむこともできるので興味のある方は色々試してみると良い。
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私は、色々な州を回りHotties検索で美人な外国人女性犯罪者を探しまくった。何名かの美人犯罪者をリストアップした後、厳正なる審査の上、テキサス州のマーガレットで抜いた。犯罪者で抜くという罪だけでなく、自分が日本人であるという誇りを忘れ、新年から外国人女性で抜くという罪まで私は犯してしまったのだ。しかし、私の心には何の後悔もなかった。マーガレットはそれだけの女なのだから。本当にマーガレットは良い女だよ。
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マーガレットで果てたしばらく後、何気なく更新ボタンを押してみると、新しい犯罪者の写真がアップロードされているのを目の当たりにした私は「この世から犯罪が無くなることなんて絶対に無いんだ」というこの世の現実を悟り、ただ涙を流した。アメリカで産まれた悲しみは海を越え、下半身丸出しの日本人男性の感情を揺さぶった。この瞬間だけでも世界は一つなのかもしれない。しかし、絶対に変えることのできない悲しい現実はたくさんある。それなら徹底的に毎日を楽しむしかない。そう決心した私はフロリダ州のクリスタで抜くことにした。マーガレットからクリスタへ、クリスタからナタリーへ、ナタリーからジェシカへ。ジェシカから未来へ。



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by tsume_kirio | 2016-02-12 07:38 | 人生の終わり | Comments(7)

愛は元気です

アパートの家賃が下がってから、少しだけ生活が楽になった。家賃が下がった理由は、アパートの立地的条件が悪くなったとかそういうものではなく、隣に住んでいる大家のババアに私が気に入られているというただそれだけの理由である。大家は60歳を越えたババアなのだが、90年代に活躍した女性歌手の谷村有美によく似た顔立ちをしていて妙な色気を持っている。昔、谷村有美でしか抜いていなかった時期があるぐらいに谷村有美のことが好きな私も大家のことが正直好きだ。そんな大家が毎朝アパートの共同部分の掃除や、ゴミ捨て場に無造作に捨てられたゴミの分別を大変そうにしているのを見かけたので、時間がある時は大家に代わって私がするようにしていたら、アパートの更新時にそれをちゃんと見ていた大家が家賃を大幅に下げてくれたのだ。
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大家の私への愛は家賃だけでは終わらなかった。自分の過失でアパートの鍵を無くしてしまった私は、防犯の為に新しい鍵を自己負担で付け直すことを大家に報告しに行った。そうすると「アパートの為にいろいろしてくれているあなたにお金は払わせないわよ」と鍵の取付費用を大家が全額負担してくれることになった。お金を出してもらう関係で鍵の取付には大家も立ち会ったのだが、その時に鍵屋が出した何種類かの鍵の中から一番安いのを選ぼうとした私に対し「人にお金を出してもらう時に遠慮をするのはとても失礼なことなのよ。それなら出さないでくださいと最初から断りなさい。出してもらうのなら一番高いのを選びなさい。私に恥をかかせないで」とかっこいい言葉を投げかけてくれた。その瞬間だけババアが聖闘士星矢のアテナに見えた。その結果、私の家の鍵は世界でも屈指の防犯能力を持つヨーロッパの会社の鍵になってしまった。
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以上のように、大家はパトロンに近い支援を私にしてくれているので、こちらとしても「抱いて」と言われたら、いつでも抱ける心構えはしているし「家賃分腰を振りなさい」と大家にしか言えないエロリクエストをしてきたら58000回腰を振る準備はできているのだが、幸か不幸か今のところそのようなイベントは起きていない。大家は子供に先立たれたので孫も居なくて寂しいとか言っていたので、それならいっそ私を養子にしてくれないかとも思っているのだが、仮に私を養子にした場合、普通の結婚を諦めている私は、タイの孤児院の子供を養子に迎え、その子をキックボクサーにするつもりなので、せっかくできた待望の孫がタイ人という地獄を大家には味合わせたくないので養子だけにはならないようにしたいと思う。
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家賃が下がったそんな我が家に遊びに来た友人が、私のitunesの再生回数TOP25を調べるという悪趣味なことをしたら、再生回数ダントツ1位の曲が「カリフォルニア」という曲だった。いったいどんな曲だと試聴してみた友人から「曲名がカリフォルニアで、サビでもカリフォルニア~♪と歌っているような曲をこんなに聴いているお前が自殺しないか心配だ」とよく分からない心配をされたのだが、再生回数2位の曲が「WALK」なのまで見せられたら、確かに死を予感させる何かを自分に感じた。結論を言えば、私も友人も自殺しないか心配である。
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実は最近転勤をしたのだが、転勤してかなり太った。太った原因は仕事のストレスからの食べ過ぎである。そのストレスが顔に出ているのかは知らないが、最近いろいろな人に自殺を心配されるので、激痩せしてもっと心配させてやろうという悪意と、そろそろ痩せようと思っていた決意も重なり、久しぶりにダイエットを開始した。前述したストレスにより職場での休憩時間にバカ食いをしてしまう為、まずはそこを抑えることにした。とは言っても、意志が弱い私では長続きはしないだろうから、ちょっとしたゲーム感覚で食欲を抑えることにした。幸いにも、私の職場には、社員しか知らない感電スポットが何個かあるので、食欲が高まった時はそこに手を突っ込み、軽く感電をすることで食欲をかき消すことに成功した。大仁田厚の電流爆破デスマッチをあれだけ否定していた私が、大仁田と同じように電流に助けられるのだから人生とは皮肉なものである。
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プチ感電ダイエットの効果で順調に体重は落ちていったのだが、こんなに毎日感電していたら、瓶に浸した猛毒を長年突き続けることで拳に毒を宿す毒手拳の理論でいけば、そのうち私の右手には電流が宿り、その電流を自由自在にコントロールできるかもしれないという考えが頭をもたげるようになった。それからはダイエットの為ではなく電流拳の完成の為に来る日も来る日も感電し続けたのだが、仮に電流拳を会得したとしても、相手に触れないと電流を流せないし、自分が電流を流したことも簡単にバレてしまうので使い勝手が非常に悪い。そうなるとオナニー中にちょっとだけ電流を流してチンコをピリピリさせるピリピリオナニーをプライベートで楽しむか、風俗にて、風俗嬢に「ちょっとピリッとするよ?」と言ってから電流手マンを炸裂させて驚かすということぐらいしか使い道がないことに気づいて私はひどく落ち込んだ。
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落ち込んでばかりもいられないので前向きに考えることにした。どうせなら若くて活きのいいマンコに電流を流すよりも、ババアのマンコに電流を流した方が健康に良いかもしれない。腰痛治療として腰に電気を流す治療と同じようなもんだろうと私は捉えた。それならば、いつもお世話になっている前述の大家のババアのマンコに電流を流してあげよう。いきなり自分のマンコに電流を流された大家はどんな顔をするのだろうか。一回びっくりした後に、風街ろまんのジャケットの大瀧詠一のような顔をしそうな気がする。あんな顔されたら本気で惚れてしまいそうだ。そんなことを夢想しながら今日も明日も私は感電し続ける。それが私にとってのカリフォルニアなのだ。たぶん。
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by tsume_kirio | 2015-10-09 18:54 | 人生の終わり | Comments(8)

太陽がいっぱい

行きつけのオカマバーにて「40歳を間近に控えた男がプロレスしか趣味が無いのは悲しいから、新しい趣味を持ちなさいな」とリッキー・フジ似のオカマに言われた。先日、路上占いをしてもらった時に「あなたの好きな物、大事にしている物を3つ教えてください」と占い師に言われ「プロレス、シーチキン、鳥そぼろ」と即答するぐらい私にとってプロレスは大切な趣味なのであるが、これから先の人生を家族を持たずに一人で生きていく可能性が高くなりつつある今こそが新しい趣味を見つける絶好の時なのかもしれない。お金の掛からない趣味として「見守る」という趣味をオカマから薦められた。「見守る」というのは、区民体育館や運動場等で開催されているママさんバレーや少年サッカー大会のような催し物を最初から最後まで見学すること。特に持ち物チェックをされることもなく入場できて、関係者じゃなくても関係者風の佇まいを醸し出しておけば、特に何も言われることなく最後まで見学できるそうだ。楽しそうに動き回る子供、我が子をいとしい目で見つめる家族。そんな光景を見つめていると幸せな気持ちになるし、自分の人生を見つめ直す良い機会にもなるという。
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就職試験で「尊敬する人物は?」と面接官に聞かれた時「武藤敬司です」と即答していたほど、私が敬愛する人物であるプロレスラー武藤敬司。私は彼のサイン会に何回か足を運んだことがあるのだが、実際にサインをもらうことはしなかった。緊張してうまく話せないというのもあるのだが、私の顔を見た武藤が、脳の記憶細胞に私の顔を記憶することに耐えられないのだ。汚らしい私の顔など記憶しないでいいので、新しい技のアイデアとか楽しい思い出を記憶してもらいたい。私なんぞの為に武藤の貴重な細胞を使ってはいけない。ではサインをもらわないで何をしていたのかと言えば、両膝に爆弾を抱える武藤が無事にサイン会を終えることができるのかをサイン会終了まで遠くから見守り、武藤が会場から姿を消すのを確認し「よかった…」と胸を撫で下ろして家路に着いていた。そんな私には「見守る」という趣味はうってつけと思われる。余談ではあるが、もしフェラチオをすることで武藤の両膝の痛みが無くなるのなら、私は世界最高のフェラをする自信がある。それだけは譲れない。
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「見守る」趣味の記念すべき第一歩として、近所の区民体育館で開催されていた少年剣道大会を見守ることにした。オカマに聞いていた通り何のボディチェックも無く会場内へと進み、会場全体を見渡せる二階席に陣を張る。目ぼしい保護者のお母さんを視姦しまくった後に、目に一点の曇りも無い少年達の競技風景、声を枯らさんばかりの大声で我が子を応援する家族達のひたむきな姿を見る。自分の心の闇が少しずつ晴れていくのを感じた。これは一生楽しめる趣味になりそうだ。
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祖父、父、子供という親子三代で剣道をやっていると思われる家族の姿をぼんやりと見つめながら、自分の祖父と父について久しぶりに考えてみた。祖父は太平洋戦争で米兵を千人殺したと言い張っていたホラ吹き野郎だ。私の地元の香川県は雨が少ない地域なので、水源貯蓄の為に県内の至る所に溜め池がある。その中にかの弘法大師空海が作った大きな溜め池がある。その溜め池を作る時に、工事を邪魔してきた妖怪を空海が封じ込めたとされるほこらがあるのだが、ある時酒に酔った祖父が飲酒運転でそのほこらを壊してしまった。妖怪が解放されたその年、香川県はダムが干上がりかける程の水不足に陥った。その原因を作った男とされた祖父は地域の人々から「雨を止めた男」という映画「太陽を盗んだ男」に匹敵するような素敵な名前で中傷された。祖父は色々と理不尽ないじめも受けた。その中でも私がよく覚えているのが、祖父と一緒にうどん屋に行った時、祖父がどれだけ「かけうどん!かけうどん!」と注文しても、その声は無視されてうどんを出してもらえなかったことだ。うどんを頼んでもうどんを出してもらえない。この世にはそんな悲劇が起きるのだ。そんないじめに負けずに頑張った祖父のことを私は尊敬している。
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父は自分が毛嫌いしているTHE BOOMの宮沢和史のことを沖縄音楽を汚した「侵略者」と呼んでいる偏見の塊である。子供の時に「空を飛びたい」と子供らしい願いごとを言った私の服の中にオニヤンマを入れ、背中で暴れるトンボの気持ち悪さで泣きじゃくる私に「空を飛ぶのも大変だろう」と言った悪魔である。「情けない男になるな」と口うるさく私に説教していたくせに車の当て逃げで捕まった前科者である。そんな三拍子が揃った父だったので、私は憎悪の感情しか持ち合わせていなかったのだが、ある時に父の全てを許すことができた。罪を犯した父は職を失ったのだが、知り合いの口利きと大学時代に取っていた教職免許を生かし、ボロではあるが私立高校の英語教師に再就職するというミラクルを起こした。三年程勤めた後にクビになったのだが、担任をしていたクラスの生徒からの寄せ書きを父の部屋で発見した時、私は父の全てを許した。当時髪の毛がかなり薄くなっていた父のことを馬鹿にした「あばよ!ハゲ」「いつも俺のことハゲましてくれてありがとう!」というような酷い言葉で色紙は埋め尽くされていたのだが、一人の生徒だけ英語で「into the future」と書いてあった。「ハゲ」という言葉の海の中に燦然と輝く「into the future」それを見た私も「into the future」と呟いた。その時に親父の全てを許せた気がする。他人に「into the future」なんて言葉を送られるような屈辱を受けても強く生きている父のことを私は尊敬している。
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このような呪われた血筋は私の代で終わらせるべきだと常日頃から思っているので結婚願望は全く無い。全く無いのだが自分の子供を持ってみたいという欲はある。そうなると養子という手段しかないのだが、独身に加え資産も少ない私には養子縁組審査はまず通らない。そうなると取れる手段はただ一つ。タイのムエタイジムでキックボクサーになる為に日々努力している子供の生活費を援助する里親になるのだ。日本より物価の安いタイなら何とかできるかもしれない。月に一回タイから送られてくる息子からの手紙。サンドバックを叩いている息子の写真。ファイティングポーズを取る息子の写真。そしてついにデビュー戦の日がやってくる。私はこっそりとタイに渡り、自分の息子の試合を見ながらリングサイドで号泣する。そして勝ち名乗りを受ける息子の顔だけ見届けたら、言葉を何もかけずに日本に帰るのだ。そのうちタイのキックボクサー界は私の援助を受けた息子達でいっぱいになり、ついには私の名前を掲げた大会が開かれる。そんな人生を過ごしたい。まさか剣道大会を見学していただけで、これから先の人生の目標が明確に定まるとは思わなかった。父に負けずに私も「into the future」しないといけないのだ。
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by tsume_kirio | 2015-07-20 14:36 | 人生の終わり | Comments(4)

他人の為に

今年も無事に36歳の誕生日を迎えることができた。36歳という歳は、祖父が心臓病の大手術をした歳であり、当時森林組合に勤めていた父が、松くい虫除去剤の空中散布作業で、予定と全然違う森林地域に農薬を大量散布した後、得意顔で地上に戻って来るという「森間違い」をした歳である。うちの家系では間違いなく何かが起きる歳なので気をつけたい。
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色々と誕生日プレゼントを頂いたが、その中でも同僚社員にもらった盾が特に嬉しかった。古代ギリシャの戦士達が使っていたような丸型の黒い盾。重さも硬さも普通の盾と遜色の無い出来栄えで素晴らしい。家の中で盾を構えてファイティングポーズを取ってしばらく遊ぶ。あまりに気に入ってしまったので、そのうち枕元に盾を置いて寝るようになった。朝の起き抜けで仕事に行きたくない時、盾を手に取ると戦士としての気持ちが自分を奮い立たせてくれる。私は戦士だ。今日も働くぞ。
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だが戦士にも自慰は必要だ。私は盾を持ったまま自慰をすることにした。片手に盾を持っているだけなのにいつもの自慰とは何かが違う。自慰をしながら私は夢想する。私が古代ギリシャの戦士だったらば、出陣前に将軍が演説をしている最中、盾で陰部を隠し盾の裏で自慰をしていただろう。そうでもしないとこれから死地へと向かう恐怖に負けてしまう。兵を鼓舞させようと必死で演説している将軍への忠誠心、自慰に励む弱い自分を恥じる羞恥心、国と家族を守るために死を恐れずに戦おうという愛国心、色々な感情がごった煮になった私は自慰をしながら自然と泣いていた。私と同じような気持ちで盾の裏で自慰をしながら涙をこぼしていた兵士が古代ギリシャには確かに居たことを確信した。幾千年の時を経て、彼らの気持ちは自慰行為によって私の心の中に入り込んできた。意志は受け継がれた。むせび泣きながらも自慰の頂点に達した私は「うわぁぁ!」と大声で雄たけびを上げながら盾を放り投げた。そしてその手で力強くティッシュを掴み取った。これが「戦士の自慰」というものなんだろう。
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私は自慰の最中によく泣く。しかし、これまでは自分への情けなさが涙を流す主な原因だったのだが、今回のように他人の悲しみとリンクして泣いたのは初めての経験だった。これからは自分の為だけに自慰をするのではなく、歴史に埋もれてしまっている名も無き男達の気持ちとリンクしながら自慰をするのも悪くない。明日はナチス式の敬礼をしながら、本当は違うと分かっていてもヒトラーの命令に従わなければいけなかったナチス青年将校が休日に自慰をしている時の気持ちとリンクして自慰をしようと思う。
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36歳の1年間はこういう風に生きていきます。



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by tsume_kirio | 2015-07-05 14:55 | 人生の終わり | Comments(3)

風林火山

先日、人生で初めてのボーナスをもらった。人生初のボーナスであるがゆえ、いざ大金をもらっても、どう使えば良いのか皆目見当がつかないので、ならば久しぶりに風俗遊びでも行きますかと渋谷の街に洒落込んだのだが、全く性的サービスを受けずに風俗嬢と別の遊び(ホテルの部屋でかくれんぼ、野球盤で対戦する等)を楽しんでしまう悪癖が出てしまい、家から持参したエアガンの撃ち方を杏さゆり似の風俗嬢にレクチャーする60分コースと相成った。まだぎこちないが、何とかエアガンを撃てるようになった風俗嬢の姿が映画「レオン」のマチルダの姿に重なり「これが俺にとってのレオンなんだ!」と興奮した。「その銃を俺に向けて欲しい」という私のリクエストに応え、本当に引き金を引くんじゃないかというぐらいの迫力で銃を構えた風俗嬢の美しさに見とれた私の股間は思わず勃起した。60分コースは残り5分である。「ごめん、残り5分でイかせてくれる?」という私の情けないお願いに、構えた銃をスッと下ろし「やってみるね」と微笑む彼女。銃が似合う女は良い女だという私の持論はやはり間違ってはいなかった。結果2分程度で昇天させられたが、早撃ちは銃を扱う者にとっては誉れである。

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風俗からの帰り道でかかりつけの病院に寄った。風俗の後に病院に行くか病院の後に風俗に行くか、これは意外と大事な問題なのではないかと思い、お世話になっている精神科の先生に「実はここに来る前に風俗に行ってきたのですが、診察する側の先生からすると診察前に風俗に行く奴と診察後に風俗に行く奴のどっちが嫌ですか?」と聞いたら「お元気そうで安心しました」と一刀両断された。信頼できる先生だ。その日の診察で「運転手ではない自分には止まった電車を動かすことができないように、自分の力でどうしようもできないことに直面した時に不安を感じやすくなっていますね」という精神分析をされたが、自分の人生すら思うようにコントロールできていない私は現実逃避の為に立ち寄った行きつけのオカマバーのオカマに、上記の診断結果を伝えたところ「簡単に言えば、何でも自分のやりたいようにやりたいドS野郎じゃねえか!」と散々罵倒された挙句「パニックS」というありがたいあだ名を頂戴した。中野のパニックS、ここに在り。



下手に金が有るなら、いらない電化製品でも買おうかとヤマダ電機へ。パソコンコーナーで何となくワイヤレスマウスを物色。マウスといえば、大学時代にプレイした18禁エロゲームを思い出す。そのゲームの売りは女性キャラとのHシーンで挿入時のチンコの動きをマウス操作で自由自在に操ることができるという点だった。マウスを激しく動かすと「激しくしないで・・・」挿入したままマウスを止めると「止まってないで動かしてよ・・・」と女性キャラが言ってくるという革新的システムだった。あーだこーだと様々な動きを試すのは本当に楽しかったが、そのうちコードの長さが制限されていることで自分の理想とするマウス動作ができないことに激しい苛立ちを覚えた私は、当時は非常に高価だったワイヤレスマウスを育英会奨学金を使って購入し、コードレスの広大な動作範囲を生かし、部屋の端から端までマウスを走らせて「オマンコ壊れちゃう!」と女性キャラに何度も言わせたものだ。オマンコ壊れちゃうよね。ワイヤレスだもの。このエロゲームから私が学んだことは、チンコの動かし方は武田信玄の旗印に書かれている「風林火山」の教えの通りにすることが大事だということだった。チンコも戦も、疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如くなのである。当時童貞だった私は、いずれ来る童貞卒業という大一番に向けて「チンコ風林火山」の心構えを持ち続けていたが、遂に相見えた初体験の相手が車椅子の女性だったことで頓挫した。動かざること山の如しというか動けないこと山の如しという女性が相手ではどうにもならなかった。武田信玄もあてにならない。
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結局有効なボーナスの使い方を見つけられなかったので、良いことがあった人へのお祝い金でほとんど浪費してしまった。残ったお金で、最近食事をした後輩が待ち合わせ中に読んでいた乳癌にかかった女性ジャーナリストの手記を買った。闘病記のように見せかけてセックスばかりしているし、日本人は辛気臭い励ましの言葉しかくれないのでダメ、その点外人はユーモアがあって最高だというような日本批判までしているのが無茶苦茶で面白かった。特に、筆者とのセックス時に筆者の胸を愛撫する前に「まず医学的関心を持って触るからね」と言って胸に触れた男は素晴らしかった。今度風俗に行ったらこの言葉は是非使おうと思う。その為に今日も明日も働かないといけないのだ。




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by tsume_kirio | 2015-06-24 12:52 | 人生の終わり | Comments(4)

坊主の親子

大地震等の突然の事態に備え、すぐに手が届く枕元に懐中電灯等を置いて寝ている人は多いだろう。ご多分に洩れず、私も懐中電灯に常備薬等の非常用グッズを枕元に置いて眠りについているのだが、他の方と違うのは一緒にエアガンも置いてあるということだろう。このエアガンは空き巣に襲われた時の護身用に用意してあるのではない。最近、持病である左半身の痺れが起き抜けに発症していることが多いので、その痺れた体にエアガンを撃ち込む為の物だ。痺れた身体に程よい威力でめり込むBB弾が、一日をスタートさせる「活」を私の身体に与えてくれる。徐々に痺れが取れて来たら、映画「デスペラード」のアントニオ・バンデラスのようなポーズで天井にエアガンを撃ち放つ。私の一日はこうして始まる。たまに就寝時の弾補充を忘れてしまい、弾切れを起こしたエアガンを握り締めながら自分の老いを感じることもある。単純な物忘れで老いを感じるよりも弾の入れ忘れで老いを感じるような人生をこれからも生きていきたい。
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「撃つ」といえば、最近は近所のダーツバーによく通っている。うちの職場を退職された先輩が店長を勤めているので通いやすいからだ。私は満面の笑顔を虫の裏側に似ていると言われたり、鼻の形が蛇口やステルス戦闘機に似ていると言われる容姿をしているのだが、ダーツをするのに容姿は関係なく、ダーツをする権利は全ての人間に許された平等の権利なのでダーツをしている。ブルと呼ばれるダーツの的の赤色の中心部分を狙っていると、学生時代にクラスの女子達にいじめられていた記憶がどうしても頭をよぎる。当時の私は女の子のような色白の肌をしていたのだが、鼻だけは真っ赤だった。顔の配色と位置バランスが日本の国旗に似ているということで「ジャパン」というあだ名でいじめられていた。ダーツの中心部分も赤色だなんて本当に残酷なことだ。過去のいじめを乗り越えながら、私は今夜も赤いブルを狙う。そこら辺の遊びでダーツをやっている奴とは違うのだ。
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余談になるが、ジャパンというあだ名でいじめられていた過去を、音楽家のたむらぱんの深夜ラジオに投稿したら、見事に採用され、賞品としてロッテのガム「フィッツ」をたくさん送ってくれた。そのガムのおかげで当時の食糧難を乗り越えられたので、たむらぱんは私にとって命の恩人である。私は命の恩人は決してオナニーのオカズにはしないと心に決めているので、たまに無性にたむらぱんで抜きたくなる時があるのだが必死で我慢している。
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本当の余談というのはこういう話のことだ。


「老い」といえば、地元で大きなお寺をしている親戚の坊主が交通事故に遭って死にかけたらしい。死に直面した人間は優しい気持ちになれるのか、昔に私のことを狐に憑かれた可愛そうな子供とののしっていたことをひどく悔いていたそうだ。確かに親族一同が顔を揃える法事の席で「近々この子のお払いをしたいと思います」と宣言されるようなひどい仕打ちもされたが、今となってはどうでもいいことだ。こちらとしても、大晦日の夜に除夜の鐘を突いているその坊主を、物陰からエアガンで狙撃するという悪行を重ねていたのでここはひとつお互い様ということにしてもらいたい。
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それに私に謝罪をする暇があるなら、私と同い年の自分の息子の心配をした方が良い。子供の時に一緒にお寺の境内で遊んだ時、大きめのムカデを見つけた彼は「良い物見せてあげるね」と言い、納屋から釘、金槌、包丁を取って来た。ムカデを足で踏みつけて自由を奪った彼は、ムカデの身体を包丁で真っ二つにした。ムカデは非常に生命力が強い生き物なので即死はしない。真っ二つにすると頭部も尾部のどちらも狂ったように動き回るのだ。その様子を私に見せて彼はケラケラと笑っていた。「もっと面白いの見せてあげるよ」と言った彼は、新しいムカデを見つけてきて、頭部に釘を打ち付け地面に磔にした。ムカデを抑えながら身体を包丁で細かく切っていく。尾部から頭部の近くまで切り終わった後「せーの!」で彼が手を離すと、細分化されたムカデの身体達が地面を四方八方に走り回るという地獄絵図だった。あまりの惨状に沈黙している私を見ながら「線香花火みたいで面白いよね」と言っていた男が、大人になった今、徳の高い坊主として仏前でお経を唱えているのだ。これ以上の問題があろうか。私の祖父の法事の時にお経を唱えに来た彼にこのムカデの話をしたら「そんなことはどうでもいい!」と声を荒げてきたので「坊主が人の話をさえぎっていいのか!坊主なんだから人の話は最後まで聞かないと駄目だろ!」と小競り合いをした。うちは全員お払いが必要な家系なのだ。
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by tsume_kirio | 2015-06-12 18:58 | 人生の終わり | Comments(0)

先日の快晴の土曜日、いつもお世話になっている方に招待され、上野の東京国立博物館にて開催されている鳥獣戯画展へと足を運んだ。国宝である鳥獣戯画に加え、鳥獣戯画が伝来した京都の高山寺に残る美術作品を一挙に集めた展示会とのことだった。元来美術という物に何の興味もない自分にとって展覧会というのは他流試合のような殺伐としたものであるので、それなりの服装をしていかなくては場に食われてしまう。色々思案した結果マサ斎藤のTシャツに袖を通した。マサ斎藤の信条である「Go for broke」(当たって砕けろ)の心持ちで国宝と向き合うことに決めた。
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会場に着くと人、人、人の長蛇の列。入場までに屋外で1時間、入場後に鳥獣戯画の展示室に入る為に館内でさらに3時間程並ばないといけないとのこと。紫外線対策として日傘の無料貸出、中継地点に給水所まであるという万全の態勢を敷いていたので大きな混乱は起きていないようであった。しかし、給水所を作るという機転が利くのなら、どうして水ではなく日本茶を振舞うという粋な計らいができなかったのだろうか。こういう状況だからこそ、キンキンに冷えた日本茶を飲むことで、茶のすばらしさを再確認し、日本人であることの喜びを感じれるのだ。外国の方にも良いアピールとなるだろう。水ではいかんのだ。国立の博物館に勤めているのだからそれぐらいの考えには至るべきである。展示会の準備が終わった後、飾られた鳥獣戯画を見ながら「素敵だね…」と言いながらお互いの手を握り合ってるような社内恋愛カップルしか居ないのだろうか。お前らはまんだらけのバイトか。肉屋は仕事中に肉を食べないのだぞ。お前らは肉屋以下だ。ちゃんとした博物館を運営するのであれば、性欲を一切持たない物達をスタッフにするべきだ。「美」を作る時に性欲は大きな武器だが「美」を運営する時に性欲は邪魔になる。性欲の先に日本の心がある。全員インポにしよう。「当館のスタッフはインポかセックスレスです」という博物館があったら私は毎週通うだろう。そんなことを考えていたら左半身が痺れ出した。最近になって分かったのだが、この痺れは自律神経失調症からの痺れだそうだ。精神的ストレスを感じることで自律神経が乱れ、血管が収縮し血液の流れが悪くなるのだ。私は他人の悪口を言っている時は常に左半身が痺れている。理不尽な悪意を一方的に撒き散らしながら、痺れる身体を引きずって生きていく。私に近づく人はもらい事故に遭うことは覚悟して頂きたい。
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入場した後は順路に従い、掛け軸やら仏像やら絵巻物やらを鑑賞した。芸術が分からない私でも興味深く思える展示物がたくさんあった。特に子犬という木彫の置物は非常に良かった。良かった理由は犬だからだ。それ以外の理由は必要ないだろう。他に印象に残ったのは、国宝の絵巻物に書かれていた竜宮城にありがたい経典を取りに行った男の話。経典が水に濡れないようにする為だけに自分の足のすねを切り裂き、足の中に経典を入れて持ち帰った場面が馬鹿で良かった。是非この話をロバート・ロドリゲス辺りに映画化してもらいたい。足に経典を入れるシーンだけ何度も見るだろう。鳥獣戯画については特に感想は無いのだが、世界的に有名な国宝の前にマサ斎藤のTシャツを着て立てたということは私の人生で大事な節目になった。これぞ「Go for broke」(当たって砕けろ)だ。
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展示物を一通り見終わった後、身体の痺れを休めながら他の客を観察した。博物館デートを楽しんでいるいかにもといった美大系カップルが多く見られた。この展示を見る前にセックスをしてきたのだろうか、それともこの展示会の後にセックスをするのだろうか。「セックスの前に国宝なし、セックスの後にも国宝なし、本当の芸術とは国宝を見ながらするセックスである。そこに至るには何が必要か。それは金でしかない。金という権力を掴んだ者でしか国宝を見ながらのセックスはできない。絵を描くのも良いけどね、まずバイトを頑張りなさい。遠回りもいいもんだよ」と心の中でつぶやいた。仏像を見ながら「ポールスミス…」とつぶやいている男が居た。その感覚を大事にして生きていって欲しい。以上。少し遠めにワンショルダーの服を着ているババアが見えた。国宝展にワンショルダーとはどういうつもりだ。お前はアンドレ・ザ・ジャイアントか。国賊め。腹を切れ、ワンショルダーの白装束で腹を切れ。この展示会に来ている女性はシブガキ隊でいえばモックンのことが好きな奴ばかりだろうか。片岡鶴太郎のことが好きだとかいう女も居るのだろう。そいつらに「ではモックンと鶴太郎とどちらかとセックスできるならどっちがいいか?」と聞いたらば、ほとんどがモックンと答えるだろう。それが鶴太郎の限界なのだ。芸術の限界だ。私は鶴太郎の限界を鳥獣戯画展に見た。鶴太郎はそれでも生きている。なので私も生きる。
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身体の痺れを紛らわす為に鳥獣戯画展の会場を離れ、本館に展示されている日本刀を見に行った。目の前で輝く日本刀を見ながら、自分の中にある武士道について今一度考えた。私だけの武士道。私は年上とカラオケに行った時、年上が歌っている時は絶対にトイレには行かない。目上が歌っている時に席を立つのはいかなる理由があっても失礼なことである。私だけの武士道。たとえばゲイにレイプされそうになった時、甘んじて尻を犯されるのではなく、最高のフェラをすることで相手の精子を尽きさせて自分の尻を守るのが私の武士道。最後まで望みを捨てずに戦うのが武士道。1回レイプされた失敗を生かさずにまたレイプされてしまった女性を笑って受け止めるのが私の武士道。いや、上岡龍太郎が昔やっていた幽霊を見た人を50人集めて激論を戦わせる番組のように、2回レイプされてしまった人を50人集めて「だから2回されちゃうんだよ!」と50回言いたい。いや50回は言いたくない。本当に悪いのはレイプ犯だ。それぐらいは分かっている。ただ目の前の日本刀の輝きだけは本物だ。ニガーよ、日本刀は最高だ。
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鳥獣戯画展に戻ると、鳥獣戯画がプリントされたTシャツを嬉しそうに買っている人が居た。なんとも言えない悲しい気持ちになった。どうしてこいつが生き続けて、桃井望が死なないといけなかったのだ。ニガーよ、桃井望は最高のAV女優だった。徐々に酷くなる左半身の痺れに耐えながら、帰りの電車の中で桃井望が殺された事件の現在の捜査状況を検索する。解決の糸口は見えていない。両目を閉じて桃井望の成仏を祈った後、携帯のメモ帳に「ジャンボ鶴田のTシャツを買う」と打ち込んだ。最近物忘れがひどい。自分の老いを感じ、間寛平の動画を何本か見たがぴくりとも笑えなかった。まだ写真を趣味にしようとも思わない。まだ大丈夫だ。今日思ったことは明日には全部忘れているような毎日だが、明日は阿佐ヶ谷の釣堀に行く。左半身が痺れてる男に釣られてしまう魚を見て笑うのだ。
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by tsume_kirio | 2015-06-06 23:34 | 人生の終わり | Comments(0)

マフールへの道

うちの親父はもう長くないかもしれない。


親父はTHE BOOMの宮沢和史を特に理由も無く長年忌み嫌っていたのだが、先日の電話中、最近解散したTHE BOOMに関して「終わり良ければ全て良し」という好意的なコメントを寄せていた。二十年以上バンドを続けてきた結果、讃岐の前科者に「終わり良ければ…」と言われる宮沢の気持ちたるやいかばかりか。長年の敵に温情を見せ始めただけでなく、自分の自撮り写真を俺に送りつけてくる奇行も始まった。親父の自撮り写真は、どの写真も昔のファミコンゲームの「カルノフ」にしか見えないので非常に困る。かたやカルノフの息子である俺は、渋谷のヤマダ電機で「最近暴れている外国人窃盗団のモンゴル人ボスに似ている」と職務質問をされたことがある。なんともいえない強い血の繋がりを感じる。
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あとは囲碁を始めることを親父に勧められた。「うちの家系の男は代々囲碁をたしなんでるのに、お前だけしない。囲碁を覚えてくれ。いつか親子で一局打てたら嬉しい」とのこと。非常に気持ち悪い。「俺は彼女が欲しいので囲碁をしている暇など無い」と答えたら「息子にこんなことを言いたくないが、お前はもう彼女はできないと思う。いいから囲碁をしろ」と断言された。俺は囲碁を始めることにした。囲碁の教本を読みながら、飽きが来たら自慰をする毎日だ。受験勉強中にここまで解いたら自慰をしようと、問題集に自慰の目安としての付箋をたくさん貼って頑張っていた日々を思い出す。
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以上のようなことから、親父が人生の終焉期に差し掛かっているのを感じた。じゃあ己はどうなんだということで、自分の人生を振り返ってみると、とにもかくにもクソみたいな思い出しか無いが、人生の絶頂期と呼べる時期は渋谷でグレーな仕事をしていた時だろう。内容を書けない程のグレーな仕事だったので給料はとにかく高かった。アルバイトの分際で手取り45万の月給をもらっていた。給料が高い仕事はとかく精神を病む。心は病んでいるが金は持っているという状況なのでパチンコにはまった。大勝ちした時はそのまま風俗に行くのがお決まりのコース。ひどい時は夜勤上がり→パチンコで大勝ち→風俗→風俗帰りにパチンコで大勝ち→また風俗→同じ娘を指名→ラブホテルから出勤という散々な一日を過ごしたこともあった。


そのうち、単に風俗に行くのもつまらなくなり、手土産を買ってから行くようになった。LUSHで大量にバスボム(入浴剤)を買い漁り、風俗嬢だけを風呂に入らせ、浴槽の中にバスボムを投げ込みながら「どうだ!どうだ!どうだ!」と叫びながら泣いた日もあった。バスボムでいっぱいになった浴槽の中から、歯茎が腫れ上がった風俗嬢が「泣かないで」と言ってくれた。
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ある時は、ジーンズメイトで背中一面に風神柄が入った柄シャツ、同じように雷神柄の入った柄シャツをそれぞれ購入してから風俗へ。プレイが終わって服を着る時に「雷神と風神のシャツを買ったんだけど、どっちが似合う?」と聞いた。「こっち!」と風神を選んでくれる東北弁訛りの風俗嬢。「風神か、ありがとう。良かったら着させてくれる?」とわがままを言う。シャツの袖を通してもらってる時に「俺は風神か」と思いながら心で泣いていた。女に風神か雷神かの2択をさせるなんて人生の絶頂期でしかできないことだろう。
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そんな時に行ったソープランドで、お客への配慮として、退店時に周囲から見ても恥かしくない場所に出られる出口が用意されていた。出口に続く長い昇り階段の下で「ご来店まことにありがとうございました。この先の扉を開けると日常の世界が目の前に広がります。退屈な日常に飽きましたら、またここに足をお運びください」とボーイに送り出された。背中にソープ嬢の甲高い声を受けながら後ろを振り返らずに階段を昇る。重い鉄の扉を開けた目の前はロッテリアだった。そうだ。ロッテリアこそ日常だ。俺の日常だ。風神の柄シャツを着た男はロッテリアのふるポテをシャカシャカ振りながら「このままではいけない…」と泣いた。
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あのロッテリアで人生をやり直そうと決めたんだった。あの時の気持ちを取り戻さなければ。今すぐ宝石屋に転職しなければ。宝石を買いに来たのに、予定を変更して真珠を買おうとするようなわけの分からない客の相手がしたい。宝石の棚卸しをして「ルビーが2個足りません」と店長に報告をしたい。宝石屋で働き出したら宝石屋で働く男のブログを始めて「宝石屋 初日」というタイトルの記事を書きたい。新井薬師にオープンしたガールズバーに行かなければいけない。もっとプロレスを見に行かないといけない。囲碁はもう終わりだ。
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それにしても、くるりの曲は風俗のプレイ中や、風俗帰りに良く合う。ソープランドの長い階段を昇っている時に頭の中で流れる「東京」。中央線沿いのピンサロの早朝サービスで北勝海のような力士顔のババアを引いた帰りに、晴天の青空を見上げながらの「シャツを洗えば」。どれだけ手と口で頑張っても俺を勃起させることができなくて申し訳なさそうにしている風俗嬢の頭を優しく撫でながら「三日月」。風俗から帰宅したら、何も知らない彼女が、俺の為に作ってくれていた豚の生姜焼きを食べている時に頭を流れる「さよならリグレット」。全て最高だ。最高だけど岸田は嫌いだ。岸田に優しくなった時に俺は死ぬのだろう。


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by tsume_kirio | 2015-02-13 14:25 | 人生の終わり | Comments(6)