2016年 06月 28日 ( 1 )

味覚から墓場へ

味覚を失ってから、担当医から指示された亜鉛摂取や薬物治療を根気強く続けたものの、味覚はいっこうに戻る気配が無かった。味覚障害を併発する病気として糖尿病や脳梗塞の検査も受けたが、その兆候は無し。乱れた日常生活の改善、主に食生活と充分な睡眠時間の確保、常用している薬の断薬など色々と試してはみたが、どれも目に見える効果は無かった。自分では結構頑張っているつもりだったが、担当医の目から見ると、本気で味覚を取り戻そうという気迫が、私から全く感じられないとのことで「自然に味覚が戻るというより、自分で味覚を取り戻すんだという強い気持ちがあなたには必要ですね」とやんわりと説教された。ここはファイトを見せる時だと「夏までに味を取り戻します」と力強い決意表明をしたが「味を取り戻したら夏が来る」の方が風流な感じがしたので言い直した。元サッカー日本代表北澤豪によく似た担当医は黙って私のことを睨んでいた。
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味覚障害について自分なりに色々と調べてみると「味覚を失ってから最初の一ヶ月で少しでも回復が見られない場合、二度と味覚が戻らない可能性が高い」というおそろしいデータがあった。もし、このまま味覚が戻らなかった時、この先の人生をどう生きていくのかを改めて考えてみたが、どれだけ考えてもウンコを食べて生きていくしかなかった。味がしないことを武器に、ウンコを山盛り食べれるスカトロ専門の男として各分野で重宝されるしかない。ウンコを食べて巨万の富を得る。その為には、残っている嗅覚が邪魔となるので「自分で嗅覚を無くす手術とかってあるんですかね?」と担当医に相談すると「何を考えているんですか?自暴自棄になってる?」と心配されたので、上述したウンコのくだりを説明したところ「あなたと同じように味覚障害で苦しんでいる人達をバカにしてますよ。もう罪ですよ」と怒られてしまった。「味を失ってもなお罪を犯す」江戸時代から続く、一族の男が全員前科者という呪われた家系の私にしかできない偉業である。
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味覚を失ってからも、行きつけの蕎麦屋には変わらず通っていた。蕎麦屋のおばちゃんから「いつもは美味しそうに食べてるのに、最近は全然だね」と怒られた。味覚を失ったことを正直に伝えようかとも思ったが、ババアに余計な心配をかけるのは大人の男のすることではないので「余計なこと言わないで、俺の為だけに蕎麦を作ってなさいよ」と毒づいたら、ババアはほっぺを少し赤くしていた。たぶん濡れただろう。「味を失うも、ババアを濡らす」これも偉業である。また、行きつけのオカマバーのオカマ達から「味が全くしないのに、普段の食事は楽しめてるの?」と心配された。オカマに余計な心配をかけるのは大人の男のすることではないので「食べ物の触感や食材の色で視覚的に楽しんだりできてるから大丈夫だよ」と少し虚勢を張ったところ「色と触感で楽しむなんて下着泥棒と基準が一緒じゃないの!このド変態野郎!」と罵られてしまった。味を失っても、ちっとも優しくしてくれない。それが一番嬉しいことなのだけれども。
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味覚を失うのとほぼ時を同じくして、小銭稼ぎの為に、親戚の中学三年生男子の家庭教師を始めた。顔がプロレスラーの田中将斗によく似ていて素直な子だ。両親が共働きということで、両親不在時の面倒も合わせてみることとなった。家庭教師のアルバイト経験は過去にもあったので、以前と同じく、勉強は全く教えずにやる気を出させることのみに重点を置く授業スタイルにした。最初の授業にて「勉強をしないとただのバカにしか思われないが、ちゃんと勉強して知識を付けた上で、あえてバカなことをして生きる方が同じバカでも格好良いバカになれるよ。だからとりあえず勉強をしようか」という宗教的な授業でバイト代の三千円をもらった。その金で帰りにエロDVDを買った。正しい金の使い方をした。
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その後も、課外授業という名のもとにプロレス観戦に連れて行ったり、プロ野球選手名鑑であまり有名じゃない選手の顔写真を見て年棒を当てる授業、狩猟民族の狩りの動画の鑑賞会、ゲーセンで生徒に二千円を渡し、生徒がその二千円をどう使うのかを観察するといった完全に私の暇つぶしに付き合わせていたら、最初は従順だった生徒も徐々に私に反旗を翻すようになってきた。ある日の授業で、いろはす桃を飲んでいる私に対し「味覚障害で味がしないのに、いろはすの桃を飲んでるのはおかしい。値段が安い普通のいろはすを飲めば経済的で良いのに!」と生意気なことを言ってきたので「たとえ味がしなくても、先生は桃を愛しているから桃を選ぶんだ。いろはす百二十円、いろはす桃百五十円、その差はたった三十円、このたった三十円の差が先生と君の差であり、本当にわずかだけどこの差は一生埋まらない!」と凄んだ。人生は甘くないぞ。
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やがて味覚を失ってから二ヶ月が過ぎた。担当医も、もはや打つ手なしといった諦めムードだったので、ネットで見かけたオカルト処方を試すことにした。風邪を引いた時に神経をやられて味覚を失う人がたまにいるのだが、その逆で味覚を取り戻す人もごく少数いるらしいのだ。「そういうわけで、わざと風邪を引いてみていいですか?」と担当医に相談したところ「狙って風邪を引くなんてできるんですか?」と小馬鹿にされたので「私は大人なので大丈夫です」と答えた。水風呂に長時間浸かり、体をろくに拭かずにそのまま全裸で寝ることを三日間続けたら、見事に近年稀にみる酷い症状の風邪を引くことができた。大人は何だってできる。そして、漫画のような話だが、私は味覚を無事に取り戻すことができた。鼻やら喉やらの口周りの神経を刺激したのが良かったのか、その理由は医者にも分からない。ただ、これは一時的な回復かもしれず、また味覚を失う恐れも高いそうだ。そんな先の不安はどうでもいい。そんなことよりも、久しぶりに私が味を感じた食べ物がスコールという乳性炭酸飲料だったことの方が素晴らしいじゃないか。
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そんなこんなでようやく味覚を取り戻したのだが、本当に色々あり、長年続けてきた仕事を急遽辞めることになった。「味を取り戻し、職を失う」中国の故事成語のような話である。相変わらず、何かを得れば何かを失う人生だ。そんな人生の岐路に立ちつつも、家庭教師へと向かう。授業後に、なんとなく生徒を公園に連れ出した。百均ショップで買った折り紙で、生徒に紙飛行機を作らせる。生徒が飛ばす紙飛行機を私がエアガンで撃ち落とすという無職っぽい遊びを繰り返しながら「同じ形の飛行機は作るなよ」とか「ずっと一機ずつ飛ばしてもつまらない、二機、三機と飛ばして変化もつけなきゃダメだ」と人生を楽しくするヒントを教えるのも忘れない。そして頃合いをみて「先生な、仕事辞めたんだ、無職なんだ」と告白したら、生徒はしばらく黙った後「次は僕に撃たせて」とエアガンを奪おうとしたので「ダメだ!」と断った。怒りながらも、「職は失ったが、俺にはこの子がいる。この子を本気で育ててみよう」と心に誓った。
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帰宅途中、近所の墓場に立ち寄った。子供の頃はよく墓場で遊んだものだ。うちは貧乏だったのでおもちゃをあまり買ってもらえなかった。そんな私が編み出した遊びが、墓場の墓石に書いてある故人の名前、年齢、家族構成から、その人がどんな人生を歩んだのかを頭の中で妄想して遊ぶというものだった。墓場のような怖い場所には、学校のいじめっこ達も来なかったので居心地も良かった。かっこいい音楽を見つけた時なんかは、それを誰かに教えるのが恥ずかしかったので、放課後に墓石に向かってその歌を歌い、安らかに眠る死者にオススメの音楽を一方的に教えるというレイプ行為をよくしていた。あの時、私が墓石に向かって大声で歌ったイエモンの「悲しきASIAN BOY」が時を越えて蘇る。来月はイエモンの復活コンサートに行かないと。職を失ったぐらいで落ち込んでばかりもいられない。ある本に「男には自分を甘やかす場所として酒場、死を常に間近に感じる為に墓場が必要だ」と書いてあったが、私には墓場だけで充分のようだ。もう一度墓場から人生をはじめよう。そしていつかこの墓場にあの生徒を連れてくる。


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by tsume_kirio | 2016-06-28 17:48 | 人生の終わり | Comments(11)