甘い蜜

小学校低学年の頃の我が家は家計が大変切迫していたので、まだ小さかった僕も内職をして家にお金を入れていた。お弁当によく入っている魚の形をした醤油入れ。あの蓋を締めるのが僕の仕事だった。身体の中に醤油をタップリと蓄えた魚の口に赤い蓋を手でキュッキュッと締めて完成。報酬は1個=0.5円なので2個蓋を締めてようやく1円玉になる。学校の授業で習う前に、僕は内職から少数の概念を教えてもらい、家の借金からマイナスの概念も知った。落書き帳が欲しかった僕は、街頭で右翼が配っていたビラの裏を落書き帳にしようと思い、白い手袋をしてた右翼の手から多めにビラを奪おうとしたらいきなり腹を殴られてボディブローの威力を知った。貧乏からも学ぶことはすごく多いんだよという話を「私って実家が貧乏でね…」と身の上話をしてきた風俗嬢にはよく話している。
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でも上には上が居るもので、そんな僕よりも過酷な経済環境のクラスメイトの男子が居た。大型の台風が来るたびに強風で家が半壊するような掘っ立て小屋のようなボロ家に住んでいて、家に金を置いておくと親に取られるそうで、近所の神社の参道脇に並べられている置石の下に小銭を隠している子だった。親は当たり屋と占有屋をしているというような噂を大人達がよくしていたのを覚えているが真実は分からない。

そんな彼が、昼休みの校庭に1人でぽつんと立ってた僕にいきなり話しかけてきた。彼と僕は身長が同じぐらいだったので、身長順に並ぶ集会の時にちょっと話をすることはあったけど友達というほど頻繁に話すことは無かった。「サルビアの花って吸ったら甘いんやよ!吸ってみてや!」とほっぺたに無数の小さな穴が開いていて、そこから空気が抜けてるような感じの声で僕にサルビアの花を差し出してきた。その行為の裏に「同じ貧乏家庭同士もっと仲良くしよう」という彼の薄汚い魂胆を勘ぐってしまった僕は、その差し出された手を全力で叩き落とした。彼はへらへら笑いながら、地面に落ちたサルビアを拾ってチューチューと吸い始めた。「本当に甘いんよ。幸せな気分になれるんよ。どうでもよくなるんよ。落ちたけど美味しいんよ。」とヒロポン中毒者のように彼は言った。

その言葉を聞いた瞬間に頭に血が上ってしまった僕は、プロレス中継を見て覚えたローキックで彼の太ももの辺りを思いっきり蹴飛ばした。「いじゃい!」と酒焼けしたおっさんのようなかすれた声を出しながら、すぐに彼も同じように僕の足をローキックで蹴り返してきた。まさかサルビア中毒者に蹴り返されるとは夢にも思っていなかったので、その怒りでさっきよりも強く彼の足を蹴る→また蹴り返されるの繰り返しへ。徐々にサルビア中毒者の蹴りを受けないように相手の横に回り込みながらローキックを放つようになった僕。これはいじめでは無くて新しい遊びなんだと都合の良い勘違いをして楽しくなってきているサル中も同じように僕の横に回り込みながらローキック。それを繰り返すうちに、メリーゴーランドのように二人でその場をグルグルと回り出してしまった。

お互いが疲れて動けなくなるまでの約15分程メリーゴーランドは続いた。「目が回った…サルビアの蜜吐きそうや…もう帰るわ。」そう言って彼はメロイックサイン風だが少し違う変な形を指で作って僕に見せつけてきた。そのサインを保ったままバイバイと手を振って、彼はにっこり笑って教室に帰っていった。その時は彼のことを気持ち悪い奴としか思えなかったけど、今になって思えば何から何まで完璧な時間だった。本当に楽しかった。その翌日も彼は僕と遊ぶために昨日と同じ場所で立っていた。でも僕は二度と彼に近づくことはしなかった。彼という存在を受け入れられるほどの度量がその頃の僕には無かったのだ。徐々に集会ですら彼と言葉を交わさなくなった。

それから1ヵ月後ぐらいに、サルビアの蜜を吸い過ぎた彼は校庭でぶっ倒れて救急車で運ばれた。その日の放課後にサルビアの花壇の様子を見に行くと、昨日までサルビアが咲き誇っていた花壇の一画が花びら一つ残さず吸い尽くされているのを見て思わず笑った。うちの小学校は「花いっぱいコンクール」というどれだけ花に囲まれた自然豊かな学校環境を作っているかを競うコンクールでの入賞常連校だったのだけど、彼の蜜吸いによってサルビアの大半が散ってしまったことで、その年の入賞が危うくなり、花が咲いているサルビアの大規模な移殖手術が急遽行われたりして学校はちょっとしたパニック状態になった。その様子を見て彼のことをちょっと誇らしく思った。

大人になった僕が何かの中毒者に対して好意的な気持ちしか持てないのは彼の影響がとてつもなく大きい。何かのことをすごく好きだと素直に言えることほど純粋で素敵なことは無いのだ。それが中毒でもあんまり問題無いのだ。働いているバッティングセンターにたまに来る打席でよだれを垂らして白目を剥いてる脱法ハーブ中毒者にも僕は優しい。優しいぞ。
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by tsume_kirio | 2013-04-25 03:47 | 友達 | Comments(0)