初体験 その3

待ち合わせ場所は、彼女の家の近くの小さなクリーニング屋の前だった。客が誰も居ない店の前に、夏の強い日差しを防ぐ白い日傘を差して彼女は車椅子に座っていた。サラサラの黒のロングヘアーが風になびいているのが見えた。赤と茶色の柄シャツに短めの深緑のスカートで顔は冬木だった。遠目から見て冬木に似てるなと思いながら近づいて、近くで見たらやっぱり冬木だった。

パグを可愛がる時と同じ感覚で「こんにちは!」と満面の笑顔を作って彼女に挨拶をした。ボランティア部の友人は完璧に募金活動をしている時の声質で「こんにちは!暑いですね!」と挨拶した。彼女は挨拶を返さずに「どっちが千葉さんなんですかぁ?」と聞いてきた。「僕がそうです」と答えたら、彼女は前髪を両手でかき上げてから目に若干の力を込めて僕を見据え「今日は楽しみましょうねぇ」と言った。

ボランティア部の友達についたカラオケに行くという方便は、彼女にも事前に知らせてあったので「あたし今日は何歌おっかなぁ~!」という小芝居も彼女はしてくれた。友達も「デュエットとかしてやれよ~。良い思い出になるぜ~」と僕に小声でアドバイスしてきた。味方は誰も居ないような気持ちになった。

中央車線に寄って走る下手くそな運転のワゴン車が視界から消えるのを確かめてから、少し間を置いて「本当に僕としてくれますか?僕で大丈夫ですか?」と聞いた。彼女は両手で前髪をかき上げてから「するというのはHということですよねぇ?カラオケじゃないですよねぇ?逆に聞きますけどぉ!私とHできますかぁ?」と質問で返してきた。面白い経験をすることで面白い人間になろうという理由のみで、「よろしくお願いします」と僕は答えた。「やった~!じゃあ申し訳ないんですけどぉ。ホテルまで私を後ろから押してもらえますかぁ?」と彼女は満面の笑顔で言った。

夏の照りつける日差しを浴びながら、急な傾斜の坂道を丘の上にあるピンク色のラブホテル目指して車椅子を押した。初めて押す車椅子は力任せに押してもなかなか前に進まなかった。彼女にうまい押し方を教えてもらいながら少しずつ坂を登った。この一歩一歩が初体験につながっているのだと思うと額から流れる汗も気にならなかった。

途中でお互いの自己紹介を改めてした。彼女は28歳の独身。20歳の時に交通事故で車椅子生活になったこと。出会い系で今まで何人も関係を持ってきたこと。でも病気は持ってないから安心して欲しいということ。障害を持ってても性欲は溜まるので僕の友達もセフレとして紹介して欲しいなという希望。「好きな芸能人は誰ですか?」という僕の質問に「スマップの香取君だねぇ!ちなみに香取君は童貞だよぉ!足が不自由だとちょっと見ただけで童貞かどうか分かるんだよねぇ!」という言葉に「そうですか」と答えたりしながら坂を登った。自分でも最低だとは思うが、若干姥捨て山の捨てる方の気持ちが分かったような気がした。

坂の中間地点ぐらいで彼女が「なんだか今さぁ~ゆずの曲がぴったりって感じな雰囲気でいいよねぇ!」と言って、ゆずの「夏色」のメロディを鼻歌で歌いだした。控えめだった鼻歌は徐々に大きな歌声に変わっていった。「夏色」の歌詞は「この長い長い下り坂を君を自転車の後ろに乗せて…」という歌詞だが、現実は「ラブホテルに続く長い長い上り坂を冬木の乗った車椅子を後ろから押して…」であった。最初は完全に無視をしていたのだが、初体験への高まる期待と不安、車椅子を押す疲れなどいろいろな物が一緒になって僕もおかしくなってしまい、僕も彼女と一緒に「夏色」を歌いながらホテルに向かって一心不乱に車椅子を押し始めた。

対向車線を走ってくるラブホテルを利用した帰りの車に乗っているカップルが、一様に見てはいけない物を見たというような顔をしているのが快感だった。セックスの後のカップルの幸せな余韻を打ち消す僕と彼女の行進は変なテンションを保ったまま続いた。


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by tsume_kirio | 2013-03-03 06:03 | 初体験 | Comments(0)